第八章 大切なものを守るために

 ―――午後十〇時前 新港町、第三突堤の○○倉庫前―――


 瑞希と航平、金井と文乃の四人は倉庫近くの物陰で待機していた。


 梅沢から警棒所持の命令が出て、瑞希と文乃も今日は警棒を所持している。

 あの倉庫の中に中須がいる。そして由咲もいるかもしれない。瑞希は不安で胸が締め付けらられる。心臓は静かに、でも早く鼓動を打ち続けていた。


「十〇時や、行くぞ」


 金井の言葉に、瑞希たちは頷く。


 作戦はこうだ。瑞希と航平が正面から侵入し、金井と文乃は裏から侵入する。そして前後から挟み囲んだところで、他の捜査員の応援を呼ぶ。正確に中須の存在を確認してから捕らえるという作戦だ。

 金井と文乃が裏へとまわるのを確認してから、瑞希と航平は正面の扉に近付く。


「入るぞ?」と、航平。


 瑞希はコクリと頷く。


 扉の向こうに人がいないのを確認し、航平が先に入って行く。

 倉庫の中は薄暗く、何かがそこにある、その程度しかわからない状態だ。しかし立ち止まってはいられない。手でまわりの物を確認しながら、奥へと入って行く。

 しばらく行くと、薄っすらと灯りが見えてきた。瑞希たちは慎重に、その場所へと近付いて行く。そして物陰に隠れ、こっそりと灯りが灯る場所を覗いて見た。

 するとそこには、スーツを着た大人の男と学生服を着た少女が立っていた。


「由咲・・・」


 瑞希が少女の姿を見て、そう言葉を漏らす。


 そこには瑞希の学校の友人、植村由咲がいたのだ。そしてもう一人は、梅香菜で見たインテリア風の黒スーツの男、中須だ。しかし今の瑞希には由咲しか見えていない。


「瑞希? あの少女が友達なんか?」


「うん・・・」


「そうか・・・ それでもう一人は中須か?」


 ショックであろうと察するが、今は任務中。航平は男の存在も尋ねる。しかし瑞希はその問いに答えない。ショックで聞こえていないのだ。航平は仕方ないとう表情で、中須たちの方に視線を戻した。


「警察の方、来ていらっしゃるのでしょう? 待っていましたよ。さぁ、早くこちらへどうぞ」


 すると突然、中須は瑞希たちを招く言葉を発してきた。ここにいることに気付き、ここへ来ることを知っていたかのような口振りで。


「あいつ、何を言ってるねん? 俺らに気付いてるんか?」と、航平は眉をひそめる。


 すると瑞希は、中須の言葉に誘導されるように、そっちへと歩き始めた。


「おいっ、瑞希!」


 瑞希は由咲のことがショックで放心状態になっている。もう、由咲しか見えていない。

航平は仕方ないと拳銃を抜き、瑞希の横へと並び中須の方へ向かって行く。


「よくいらしてくれましたね」


 中須はそう言って瑞希たちを出迎え、笑みを浮かべる。


「おかしい。何やこれ? 何がどうなってる? 梅沢の仕業か?」


 航平は中須に近付きながら独り言のようにそう呟き、頭をフルに回転させて考える。しかし、考えだけに集中できないため、この状況を把握する答えがまとまらない。

 そんな航平の事も気にせず、瑞希はどんどん由咲に近付いて行く。瑞希と由咲の間の距離が十五メートルくらいに近付いた時、航平は瑞希の肩を掴み引き止めた。そして一歩前に出て、「おまえが中須か?」と言って、拳銃を中須に向け構えた。


「はい、そうです」


航平の問いにあっさりと答える中須。


「これはどういうことや? おまえ、俺らが来ることを知ってたんか?」


「それを答える前に、ちょっといいですか? 実はこの子が、そちらのお嬢さんに話があるようなので」


 中須はそう言うと、由咲を自分の前に立たせた。


「はぁ? それより今は俺の質問に・・」と、言い掛けた航平の腕を、瑞希はぐっと掴んだ。


「瑞希・・・?」


「私に、話をさせて・・・」


 瑞希は航平の目をじっと見つめ願う。


「わかった。少しだけやぞ」


 航平はそう言って、瑞希が由咲と話すことを許可した。しかし、おかしなことをしたらいつでも撃つぞばかり、瑞希の背後で拳銃を構える。

 瑞希は由咲に近付き、一メートル前のところで立ち止まった。


「久しぶり・・・ 元気だった?」


 瑞希はやさしい表情で、由咲にそう問いかける。


「・・・・・」


 しかし由咲は何も答えない。表情のない顔でじっと瑞希を見ている。


「学校休んでたから心配したよ・・・ 何してたの? 」


「・・・・・」


「でもさ、びっくりしたよ、ここに由咲がいるなんて。 ・・・・それでさ、由咲。あなたが私のことを、調べてたの?」


「そうよ」


 その問いで初めて、由咲は口を開いた。


「なんで?」


「私はね、ずっとあなたのことを恨んでたの」


 由咲の表情がみるみるうちに変わっていく。瑞希を睨み付ける鋭い目つき。それは恨みと怒りを含んでいる憎悪に満ちた目だった。


「恨み・・・? 私を?」と、瑞希が弱々しい声で由咲に尋ねる。


「そうよ、あなたを」


「私、由咲に何かした?」


 瑞希にはまったく身に覚えがない。由咲との時間を辿るが、やはり思いつかない。

「あなた自身じゃないは、あなたの父親によ」


「お父・・・さん?」


「そうよ、あなたの父親。あなたの父親の会社に、私のお父さんの会社は潰されたの」


「えっ・・・?」


 驚くべき由咲の告白に、瑞希は驚愕して言葉を失う。


「私のお父さんの会社はね、あなたの会社の下請けをしていたの。けどあなたの会社が経営不振になり、うちの会社はあっさり、あなたの父親に切り捨てられた。今まで散々、無理難題を押し付けていいように使って来たのに、いらなくなったらポイ、それで終わり。ふざけないでよ! お父さんがどれほどあなたの父親に尽くして来たと思う? たいして儲からない仕事に、どれだけ時間と労力を費やしてきたと思う? それなのにあなたの父親は、お父さんをあっさりと切り捨てた、まるでボロ雑巾のようにね! 仕事の八割以上があなたの会社から請けていたお父さんの会社は仕事がなくなり、経営が上手くまわらなくなって、首を吊って自殺したわ。私たち家族を残してね・・・ 全部、全部あんたの父親のせい。そして娘であるあなたも同罪よ!」


「由咲・・・」


「私はあなたを許さない・・・ 絶対に許さない!」


「ごめん・・・ ごめんなさい・・・」


 瑞希の目から涙がこぼれ落ちる。それは罪悪感か、それとも同じような理由で父親を失った思いからか、瑞希は悲しくてボロボロと涙を流した。


「何を泣いてるの? 泣いたって許されないんだからね。今日はあなたに、それを償ってもらう。死んで、あんたの父親に大切なものを失う悲しさを思い知らせてやるの!」


由咲はそう言って、ナイフを取り出した。


「待ってくれ!」


するとそこへ航平が瑞希を庇うように割って入った。


「なに? あなた」と、由咲は鋭い殺意を持った目を航平に向ける。


「話を聞いてくれ!」


「話? 今更話し合うことなんてないわ。私は復讐を果たすだけ」


「もうおらへんねん! 瑞希の父親はすでに亡くなっている。君の父親と同じ、自殺をして・・・」


「えっ? 何それ・・・ うそでしょう・・・?」


「ほんまや」


「そんなはずない、病院に入院してるって・・・」


「それは瑞希の母親や。父親はもう、亡くなっている・・・」


 航平の言葉に由咲は驚きを隠せず、目を見開いたまま固まっている。


「だからもう、復習なんてやめてくれ」


 航平は説得する、復習なんて意味がないと。それで自分が犯罪者になってはいけないと。


「フフフ・・・ はははっ! 何それ? あなたの父親も自殺? ウケるんですけど」


由咲はそう言いながら高笑いをする。そして更に、こう言葉を続ける。「父親がいないなら仕方ない。それなら母親に、私と同じ思いをさせてあげるわ」と。

 父親がいないと知ると、今度は母親にターゲットを変え、由咲は再びナイフを構えた。瑞希は逃げようともせず、ただ涙を流し由咲の顔を見つめている。


「なによ? なんでそんな目で見るの? 私を憐れんでいるの?」


 由咲の言葉に瑞希は首を横に振る。


「なによ・・・ わかったような、見透かしたような顔して・・・ そんな顔で見るな・・・ そんな顔で私を見るな!」


 由咲は瑞希の態度に逆上し、持ったナイフで襲い掛かる。航平は瑞希の前に立って守ろうとする。するとその時、ガタガタと鉄の扉が開くような音がしたかと思えば、足元の大きな鉄板が二つに分かれ、開きドアのように、下へと開き始めた。


「きゃあ! なに!?」由咲が驚き声を上げる。


「あなた方、話が長いんですよ」


 それはどうやら中須の仕業。何かを操作したらしい。


「中須、何よこれ?」と、由咲は中須に問う。


「由咲、私が代わりに仇を取ってあげますから。だからあなたは安心して死んでください」


 中須はそう言ってニヤリと笑った。


「ちょっと、約束が違う・・・ きゃっ!」


 斜めになって行く鉄板に、体勢を崩した由咲はナイフを落とし鉄板の上へと倒れる。そして更に傾く鉄板に、体はゆっくりと滑り始めた。


「ちょっと、嫌!」


由咲は何かに捕まろうと必死でもがくが体は滑り落ちて行く。


 瑞希と航平もそれに巻き込まれ、体が滑り落ちていく。しかし航平は自らを犠牲にし、何とか瑞希だけは鉄板の外へと放り出した。


「航平!」


 自分を助け、鉄板をすべり落ちて行く航平を見て声を上げる瑞希。すると航平は滑りゆく由咲の体を何とか抱え、鉄板から出た取っ手のようなものに捕まった。


「航平! 由咲!」泣きながら叫ぶ瑞希。


「大丈夫や。この子は俺が助ける!」と、言う航平だが、開き切った鉄板にはもう、足を掛けるところもない。底を見てみると暗くてよく見えないが、深く危険な場所であることは間違いないようだ。


 暗くて見えないその場所は、倉庫の廃棄物室になっていた。その名の通り、廃棄する物を集めている場所。そこには鉄くずなども捨ててあり、とても危険な場所だ。


「どうしよう・・・」瑞希が不安の声を漏らす。


「瑞希、金井を呼んで来てくれ!」


「えっ?」


「助けを呼んで来てくれ! それまで何とか堪えるから!」


「ああ、うん。わかった」


 瑞希はちらっと中須を見てから、助けを呼びに走り出した。その姿を見ながら中須は止めようともしない。


「貴様・・・ なんで瑞希を行かせた? 何故、止めない?」


 航平は必至にぶら下がりながら、声を絞り出すように、そう中須に問う。


「はい? あなたが行かせたんでしょう? その問いはおかしくないですか?」


 これではっきりとわかった。梅沢と中須はグルだ。梅沢は取引を断ったのではなく、応じたのだ。


「おまえ、許さんぞ・・・」


「この状況で何をおっしゃっているんですか? あなた、馬鹿なんですか?」


 それでも航平は中須をじっと睨み付けている。


「はぁーっ・・・ もういいです、死んでください」


 中須はそう言うと懐から拳銃を抜き、引金を引いた。そして、「さようなら」と言って、銃弾を発砲。それが航平の右肩をかすめ、掴んでいた取っ手から手は離れる。    航平は由咲と共に、暗闇へと落ちて行った。


「さて、二人の死を確認しに行きますか」


 中須は別のルートから、航平たちが落ちた廃棄物室へと向かった。


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