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梅沢が中須を捕らえると宣言してから三日後、瑞希たちは本部長室へと呼ばれていた。どうやら中須からまた梅沢に連絡があったようだ。そして携帯電話のGPSの反応から、以前の場所と近いことが判明、そこから中須のアジトを割だしたようだ。
新港町の第三突堤の○○倉庫、そこが中須のアジト。
そして今日、中須のアジトへと突入すると梅沢が捜査員に告げた。
「今夜十〇時、そこへ突入し、中須を捕らえます」
「はい!」
捜査員が一斉に返事をする。
「中須は何と言って来たのですか?」
中須の電話の内容が気になった航平は、梅沢に尋ねる。
「前と同じです。取引しようと言ってきました。しかし我々は悪には屈しない。今日こそ中須を捕らえ、悪を滅します」
「はい!」
捜査員は一つになっている。しかし瑞希はやはり、梅沢の事が信用できなかった。
「突入は二人一組、金井くんと光島くんの組のみ突入します。残りの捜査員は金井くんの指示があるまで倉庫周りで待機してください」
「はい!」
「では金井くん、光島くん、よろしく頼みますよ」
梅沢の期待する言葉に、金井は「任せてください」と、自信あり気に答えた。
「あんたは誰と組むんや?」
パートナーの見当たらない金井に航平が問う。
「ああ、俺は〇二〇とや」
金井がそう言うと、本部長室の扉がコンコンとノックされた。
「どうぞ」と、梅沢。
すると一人の女性が部屋の中に入って来た。その女性は黒髪のロングで、すらっと背が高くスタイルも良い。容姿端麗なメガネ美女だ。
「こいつが〇二〇、俺の使役してる駒や」
金井はその女性を抱き寄せ、匂いを嗅ぐように髪の毛に顔を近付けた。
「初めまして、〇二〇です」
女性は金井の行動に動じることなく、自分の拘束番号を告げ、航平に頭を下げた。
「どうも・・・」
航平も釣られて頭を下げる。
彼女は拘束番号〇二〇、風吹文乃。二十歳。瑞希の先輩にあたる人物だ。
自分を拘束番号で呼ぶ文乃に、航平は違和感を覚える。
すると航平の横で、瑞希が緊張しているのが見えた。航平はそれを見て、「どうした?」と聞く。
「〇二〇、Perfect investigators・・・」
「Perfect investigators・・・?」
「うん。彼女は極秘任務始まって以来の天才と呼ばれている人。変装、潜入、あらゆる捜査を完璧にこなす。しかも格闘術もすごくて、かなりの腕前って聞いてる」
「そうなんか?」
「こんな人に会えるなんて、すごい・・・」
瑞希も会ったことは初めてで興奮していた。
警察の駒ということは置いておいて、同じ境遇で働く文乃に、瑞希は仕事のできる先輩として憧れていた。こんな人のようになりたいと。
「まぁ、よろしく頼むわ」
金井はそう言い、文乃の体をまさぐり始める。その手付きに文乃の体も次第に反応し始め、体をねじらせる。
何とも不快な光景。航平と瑞希はそれを見て、苛立ちと嫌悪感を抱く。
「金井くん、ここをどこだと思っているのですか?」
見るに見かねた梅沢が、いい加減にしろと言わんばかりに金井を睨み付けた。
「す、すいません。ちょっとこいつらに調教の仕方を勉強させようと思いまして・・・」
金井は慌てて文乃から手を放した。
文乃はまるで何もなかったかのように姿勢を整え、冷静に眼鏡を右手の中指で上げた。その表情はまるで人形、瑞希はふとそう思った。
「では、みさんん。よろしく頼みましたよ」
梅沢の言葉で一旦は解散。これから各自、夜の捜査に向けて準備を始める。
「〇二九、ちょっといいですか?」
本部長室を出ようとする瑞希と航平を、梅沢が呼び止めた。
「なんでしょう?」と、瑞希。
「学校に、密偵らしき人物はいましたか?」
あれから三日間、由咲は学校には来なかった。これでほぼ、由咲が中須の仲間だということは間違いないだろう。しかし瑞希は、そのことを梅沢には言わなかった。
「いえ、いませんでした」
「そうですか・・・」
それを聞いて梅沢は深刻な顔をするわけでもなくニヤリと笑った。瑞希はその表情を見逃さなかった。その表情からは何か嫌なものを意味しているように思えた。
「では〇二九、頑張ってくださいね。あなたにとってもここは正念場、中須に正体がばれている以上、捕まえるしか道はないのです。もし失敗したら、あなたはもう潜入捜査官ではいられない。それがどういう意味か、わかってますよね? これは最後通告ですからね」
梅沢は瑞希だけに聞こえるよう、小声でそう伝えた。
梅沢だ。これこそ瑞希の知っている梅沢なのだ。やはり最近感じた違和感は間違いではなかった。梅沢は今まで通りだ、何も変わってはいない。じゃあ何故、変わった空気を感じたのか? それは今回の任務に関係ある? 何かあるかもしれない。そう感じた瑞希は心を引き締め直した。
今は何も怖くない。航平が守ってくれるから。大好きな人がそばにいてくれるから。
梅沢のことは気になったが、今は任務前、余計なことは言わないでおこう。瑞希はそう決め、航平には内緒にしておくことにした。
それから瑞希と航平は捜査の準備をするため、一度、家に戻った。
航平は県警を出てからずっと何かを考え込んでいる。
「航平、どうしたん?」瑞希がそう尋ねても、「うん・・・」と、まるで上の空のような返事を返すだけ。瑞希はそんな航平にムスッとし、嫌味な質問を吹っ掛ける。
「文乃さん、綺麗な人やったね?」
「うん・・・、そうやな」
その答えを聞いて、瑞希は航平の頬を思いっきりつねる。
「痛たたたっ! ちょっ、何するねん?」
そこでやっと航平が瑞希の方を見た。
「文乃さんが綺麗やって言うからや!」
「はぁ? 何やねんそれ?」
航平は相槌を打つように返事をしていただけで、内容は何も聞いていなかったのだ。
「あんな綺麗な人の監視役になれたらよかったのにね!」
瑞希は頬を膨らまし、そっぽを向き、拗ねている。
「はぁ? 何を怒ってるねん?」
機嫌が悪い瑞希に、どうしたらいいのかわからず、オドオドとする航平。なんとか機嫌を直そうといろいろするが、瑞希はまったく振り向いてはくれない。
すると航平はある行動に出る。瑞希の背中を背後から抱き寄せると、耳元で「ごめんな」と呟いたのだ。それには瑞希も反応せざる得ない。頬を真っ赤にしながら、「それはずるい・・・」と言って、航平の顔を妬ましそうに見た。
「許してくれるか?」と、航平はやさしい表情で問う。その表情を見せられたら瑞希は断れない。頬を赤くしたまま口を尖らせ、瑞希は「うん」と頷いた。
「よかった」と、航平はホッと肩を撫で下ろす。
「それで、何を考えてたん?」
瑞希は早速、考え事をしていた理由を聞く。
「ああ、うん。なんで中須は簡単に居場所を割り出されたんやろう? 普通、携帯にGPSが付いてると考えんか?」
そう言えばそうだ。なんで中須はそんなヘマをしたのだろう。しかも瑞希が持たされていた携帯電話なら尚更、GPSが付いていることを一番に疑うはずだ。
「なんかこの捜査、ちょっとおかしいかもしれん」
「航平も感じてた? 私も、そう思っててん」
「瑞希もか? やっぱり何かあるかもなぁ・・・」
瑞希が感じていることを、航平も感じていた。やはりこの捜査は何かが引っ掛かる。
「それと航平、やっぱり向こうの密偵って、由咲かもしれん・・・」
「そうなんか?」
「うん・・・ 由咲、この三日間、学校に来てないねん・・・」
「そうか・・・」
携帯電話と、ウサギのキーホルダーが盗まれてから姿を消した由咲。もうこれは、密偵と考えるしかない。
「でもな、私は何か理由があると思うねん、だって由咲はほんまにええ子やもん」
しかし瑞希は、まだ由咲のことを信じようとしていた。
「そうか、なら確かめなあかんな? この任務で」
「うん。もし由咲になにかあるなら、私はあの子を助けたい」
瑞希の真っ直ぐに友達を思う気持ちに、航平は嬉しくなった。
「そやな、一緒に助けよう」
「うん」
瑞希と航平はそう言って笑みを交わした。
この任務に何か違和感を覚える二人、しかしその任務へと向かう。大切な思いを守るため、大切な人を守るために。
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