瑞希は航平を探しに休憩室へと向かっていた。時々まわりを見渡すが、航平の姿はない。


「遅いなぁ・・・ 一体どこに行ってるんやろう・・・?」


そんなことを考えながら歩いていると、いくつかある部屋の目の前で部屋の扉が突然開いた。部屋の中は真っ暗、人が出てくる様子もない。


「な、なに・・・?」


なんだか不気味な状況に足を止める瑞希。すると次の瞬間、暗闇の中から手が伸びて来たかと思うと、瑞希の手首をぐっと掴んだ。


「えっ!?」


突然のことに驚き、声も出ない瑞希。すると中から男が姿を現した、金井だ。


「金井?」


 金井は掴んだ瑞希の手首を引っ張り部屋に連れ込むと、背後にまわり瑞希の口を左手で塞いだ。


「んんっ!?」


 突然の事に驚き、抵抗するように体をねじりながらもがく瑞希。


「大人しくしろ。じゃないとこの首、へし折るぞ」


 金井は右手で瑞希の首元をぐっと掴んだ。


 殺される。瑞希はゾクッと恐怖を感じ、抵抗を止める。


「よし、いい子だ・・・」


 金井は少し息を荒げている。その気持ち悪さが瑞希の恐怖を更に煽る。


「んっ、んん?」


 口を押えられている瑞希は、「なに?」というように声を出しながら金井の顔を黒目で追う。すると金井はニヤリと不敵な笑みを浮かべ部屋の扉を閉めると、鍵をかけた。


「んんっ!?」


 ――なんで鍵を? 口を押さえられた瑞希が発した言葉。


 すると金井は瑞希の体を床に投げつけた。


「痛っ・・・ 何するんよ?」


瑞希は床に叩きつけられた痛みに表情を歪めながら顔を上げ、金井を睨み付けた。


「おおっ、相変わらず威勢はいいなぁ。そうでなくちゃあかん。そうでないと調教し甲斐がない」


「調教? 何言ってるの?」


「言葉の通りや」


 金井はニヤニヤとしながら、じりじりと瑞希に近付いて行く。


「何を・・・ する気?」


「はぁ? おまえ、この状況でわかってないんか? それともわかってて惚けてるんか?」


 なんとなくはわかっている。しかし相手は金井、もう瑞希の監視役ではない。じゃあ何故、金井がこんなことをする必要がある? その意味がわからない。


「おまえを調教したかったんや、それやのに光島のボケが横からしゃしゃり出てきやがって・・・ ほんまうざいわ」 


 金井はそう言いながら瑞希に近付いて行く。


「な、なに? それ? 近付かんといて! 大声出すで!」


「出してみろや。誰か来たところで、おまえを助ける奴なんて、この県警にはおらんぞ。それはおまえが一番よくわかってるやろ?」


 確かにそうだ。瑞希を助けてくれる人なんていない。航平以外は。


「助けて・・・」


「誰も来えへんって」


「助けて、航平!」


 瑞希は航平に知らせるように、大きな声で名前を叫んだ。


「ちっ、面倒な」


 瑞希に声を上げられ焦る金井。すると金井は瑞希の顔を思い切り引っ叩くと床へと倒し、馬乗りになった。


「きゃっ! 何を・・・んんっ!」


 そして騒ぐ瑞希の口を再び左手で押さえ付ける。


「無駄な抵抗はやめろや。おまえを助けるやつはおらへんし。光島もここには来えへん」


 航平はここへ来ることはない。何故なら、ここは玄関から梅沢の本部長室へ向かうのに通らない場所だからだ。休憩室へ向かわない限り、この部屋の前は通らない。けれども瑞希は呼ぶ、航平を。助けてほしいと叫び続けるのだ。


「んんっ!」 


 航平が来ると信じて、必死に抵抗する瑞希。すると金井はそんな瑞希の態度に苛立ちを感じ、口から手を放したかと思うと、両手で瑞希の頬を交互に引っ叩いた。一発、二発と往復で放たれる平手打ち。三往復した頃、痛みと恐怖が瑞希の抵抗力を支配する。


「そうそう、大人しくしてたら痛い目に遭わんで済むんや」


 金井は叩いて赤くなった瑞希の頬を、右手でやさしく撫でる。いやらしい手つきで撫でまわすように。


「調教って言っても痛くなんかない、気持ちいいことや。俺がそれを教えたるわ」


 気持ちいいはずがはない。気持ち悪くて仕方がない。瑞希は金井の行動を拒んでいる。

瑞希の中に蘇る。あの時の、麻薬密売人に襲われた時の記憶が・・・ それが今の金井の行動と交差し、恐怖が込み上げてくる。そしてあの時と同じ、力でその反発する抵抗力を奪われている、支配されているのだ。

今度こそ逃げられない。そう思うと、瑞希の目にうっすらと涙が滲む。

金井はそんなことも気に掛けず、左手で瑞希の右胸にぐっと鷲掴みした。


「おおっ、予想通り。なかなか大きさと弾力やなぁ」


 気持ち悪さで、体がぶるっと震える。拒否よりも強い拒絶。気を抜けば吐いてしまいそうだ。


そして右手も左胸をぐっと掴み、両手で瑞希の胸をまさぐって行く。そしてその両手は、次第に激しさを増していく。


「おおっ、おお! すごい・・・」


 こうなるとただの強姦犯だ。


 ――嫌、やめて・・・ 瑞希の心の叫びが表情に現れている。しかし瑞希の声は誰にも届かない。


「もう、ええやろ・・・」


 すると興奮が絶頂に達した金井は、瑞希の制服のブラウスを引き裂いた。そこには白くて綺麗な肌、下着姿の瑞希が露わになる。


「なんやこれ? 光島に買ってもらったんか?」


 金井は瑞希の付けているブラに手を伸ばす。


 県警支給の色気のない下着を使用していた瑞希。しかし今は航平に買ってもらい、白で花柄の模様が入った下着を付けている。


「まずは下着から自分好みに変えたか? 光島も変態やな」


 金井は瑞希の色気のある下着姿に興奮したのか、更に息を上げ興奮する。

 航平にもまだ、ちゃんと見せたことのない下着姿。それなのに金井がその姿を見て発情している。瑞希は悔しさで拳をぐっと握りしめる。


「じゃあ俺が、光島の代わりに調教したるわ」と、金井が瑞希の体に覆いかぶさろうとした時、金井の後頭部に何かが当てたれた。そしてカチッと音が鳴る。


「おいっ、おまえ。何やってるねん?」


 金井の背後に立っているのは、拳銃を金井の後頭部に押し付けた航平だった。


「航平・・・?」


瑞希が弱々しい涙目で航平を見る。


「瑞希・・・ すまん。遅くなった」


 航平は瑞希のあられもない姿に一瞬、顔を歪ませたが、すぐにやさしい表情に変え、瑞希を安心させる。


「あれ? どうやってここに・・・?」と、金井は航平に尋ねる。


「ああ、鍵なら開いてたぞ」と、航平。見ると扉の鍵は壊されている。


「おいおい、県警のドアを壊したらあかんやろ?」


「それより早く、その汚い手を瑞希から放せ」


 そう言って航平はより強く、拳銃を後頭部に押し付けた。


「わかった、わかったから・・・」


 金井はそう言いと、瑞希の胸から手を放し。両手を上げて立ち上がった。


「おまえ、こんなことしてどういうつもりや?」


 航平から怒りの空気みたいなものが滲み出ている。


「いやぁ、おまえがなかなか調教せんから、俺が代わりにしてやろうと思ってな」と、金井は答える。


「余計なことをするなよ、ぶち殺すぞ」


「それは、すまんかったなぁ・・・」と、金井が言った瞬間。態勢を低くしながら、右肘で航平に攻撃を仕掛けてきた。しかし航平は予測していたのか、拳銃を持った右手とは逆の左手で金井の攻撃を防ぐ。


「ほぉ~ なかなかやるなぁ~」と、金井。


 金井は航平と向き合い戦闘態勢に入っている。航平は銃を仕舞うと、金井と同じように戦闘態勢を取った。


「先輩がやることを邪魔するなんて、仕置きが必要やな」


 金井は不敵な笑みを浮かべる。


「その薄汚い手で瑞希に触れた代償は、高くつくぞ」


 ヘラヘラとした金井の表情とは対照的に、航平の目は怒りを含んだ鋭い目つきになっている。


「ふっ、こんなゴミクズに払う代賞なんてないわ!」


 金井はそう言うと先に仕掛けて行く。右の拳が航平目掛けて放たれる。


「航平!」と、心配そうに声を上げる瑞希。


 航平はその拳を左手で掴むと、そのまま金井の顔面に頭突きを入れた。「ぐはっ!」金井の鼻から血が噴き出す。しかし金井は倒れそうになる体をそこで踏ん張り、負けじと攻撃に出る。しかしそれもあっさりとかわされ、顔面に掌底打ちを打ち込まれた。航平の掌底打ちは顎付近をとらえていたため、金井の脳は揺れ、足がガクガクとよろけている。そこへ航平はすかさず金井の顔面を掴み、そのまま後頭部を壁に打ち付けた。「がはっ・・・」金井はフラフラで抵抗すらできない。


「おい、まだやぞ。まだ倒れるなよ」と、航平は金井の顔を睨み付ける。


「す、すごい・・・」と、思わず瑞希が言葉を漏らす。


 瑞希の中で金井は相当戦い慣れていて、殴り合いなら誰にも負けないんじゃないかとさえ思っていた。しかし、そんな金井を航平はいとも簡単に制圧してしまっている、圧倒的な力で。


 瑞希はそんな航平の強さに見惚れてしまった。


「ま、まったく・・・ 兄弟揃って、嫌な奴らや・・・」と、途切れ途切れの声を漏らす金井。


「なに? おまえ、兄貴のことを知ってるんか?」と、航平。


「あん? ああ、知ってるぞ・・・ あの融通利かない、堅物バカ・・・」


「貴様・・・」


「あんな堅物やから、簡単に死んだんや・・・」


「おまえ、兄貴が死んだ理由を知ってるんか?」


「知ってるも何も、俺もその捜査に就いてたからな」


「なんやと・・・?」


 航平の兄は、捜査一課の刑事だった。しかしある時、任務中に殉職した。警察から教えられたのは、人命救助の際、海で死んだとのこと。それ以外は何も聞かされなかった。


「おまえ、何を知ってるんや!」と、航平は金井の胸倉を強く掴む。


「それはな・・・」と、金井が何かを言い始めた時、「そこまでですよ、金井くん」と、そこへ梅沢が部屋に入って来た。


「梅沢、本部長・・・」


梅沢の姿を見て慌てる金井。


「なにを話そうとしているのですか? 金井くん」


 梅沢は何を余計なことを話しているのだという目で金井を睨み付ける。


「い、いえ、別に・・・」


金井はそんな梅沢の態度を見て、体を小さくしながら黙り込んだ。


「あんた、兄貴について、何か知ってるんか?」


 すると航平は手に掴んでいた金井を投げ捨て、今度は梅沢に視線を向け詰め寄る。


「はい、よく知ってますよ」と、梅沢は答える。


「じゃあ、なんで、なんで兄貴は死んだ? 人命救助って何や?」


「その理由の通り、人を救って亡くなりました」


「いやいや、おかしいやろ? 真冬の海で人命救助? そんなんありえんやろ?」


「はい、そうですね。違います」


「違う?」


「はい」


「やっぱり・・・ じゃあ、なんでや?」と、梅沢の胸倉を掴み攻め寄る航平。


「光島慎吾くんは任務中、密売人に襲われた同僚を助けて死んだんです」


「同僚を助けて・・・?」


「はい。ある麻薬密売人の男が同僚に拳銃を向けました。あなたのお兄さんはそれを阻止しようとして、男と一緒に海に落ちたのです。その後、捜査員全員で捜索に当たりましたが、お兄さんは見つからなかった。私たちは、あなたのお兄さんを助けられなかったのです・・・」


「そんなことが・・・」


「今まで隠していて、本当にすいませんでした。私としても本当のことを言えなかったのです。同僚の警察官が、自分のせいで死んだと罪の意識を感じていたので・・・ 本当に申し訳なかった」


 梅沢は航平に深く頭を下げた。


 梅沢の誠意ある行動に、航平は掴んでいた胸倉をそっと放す。


「光島くん、彼は本当に立派でした。誇れる警察官だった」


 航平は俯き、悲しげな表情をする。それを見ていた瑞希も胸にこみ上げるものを感じ、目頭が熱くなった。


 自分の兄は、仲間を助けて死んでいった。警察官にとって名誉あることだ。航平は兄を誇らしく思った。


「あなたも、お兄さんのような立派な警察官にならないといけませんね」


「・・・ああ」


 航平はその言葉に、素直に頷いた。


「こんな話の後にすいませんが、私から一つ報告があります」


 航平が感傷に浸る中、梅沢はここへ来た理由を述べ始めた。


「実は先程、麻薬密売人の中須から、私の携帯に電話が掛かってきました」


「えっ!? 中須からですか?」と、金井。


「はい。〇二九の携帯からです」


「私の、携帯から・・・?」と、瑞希。


 その場にいた梅沢以外のすべての者が驚愕の表情を見せた。それはそうだろう、捜査一課がずっと追って来た中須から直々に梅沢へと連絡があったのだから。

 そしてそれに使われたのが自分の携帯ということに、瑞希は動揺をする。


「昨日、〇二九たちと密売人の争いの際、中須が〇二九の鞄から携帯を奪ったそうです」


「携帯を奪われたやと・・・ おまえ、何やっとんじゃあ!」


 単細胞の金井はすぐさま怒りを露わにし、瑞希を怒鳴りつける。瑞希はその声に、ビクッと体を震わせた。


「それで、なんと掛かって来たのですか?」と、金井は少し声を荒げに梅沢に問う。


「取引をしようと言ってきました」


「取引、ですか?」眉間に皺を寄せ、難しい顔をする金井。


「はい。私たちのことを世間に公表しない代わりに、自分のことを見逃せと。中須は、私たちが追っていることに気付いているようです。そして未成年を使い、潜入捜査をしていることも・・・」


「おまえが携帯を奪われるからじゃあ!」


 それを聞いて金井は更に声を荒げる。そして瑞希に掴み掛かろうと手を伸ばすが、それは航平が阻止する。


 金井の怒りはもっともだ。もしこのことがマスコミにでも知れたら、梅沢と金井は警察官として終わりだ。


「携帯を奪われただけで、瑞希が未成年なんてわからんやろ!」と、航平。


「はい、その通りです。では何故、わかってしまったかというと、中須も松宮学園に密偵を送っていたようなんですよ」


「密偵・・・? 何故?」と、航平。


「〇二九を監視するためです」


「瑞希を、監視・・・?」


 航平が驚くその横で、瑞希が一番驚いた顔をしていた。


「〇二九、そんな人物に心当たりはないですか? 最近、誰かが接触して来たとか」

「い、いえ・・・ ありません・・・」


 そんな人はいない。自分に接触し、話し掛けて来る人物なんていないと思った瞬間、瑞希の脳裏に由咲の顔が思い浮かんだ。


 ――まさか、由咲? そう心の中で呟く瑞希は、違うというように首を二度、横へ降った。


「けどなんでや? なんで中須は瑞希に監視をつけた? 瑞希は・・・ まさか、前から気付いてたんか? 瑞希が警察側の人間やってことに」と、航平が梅沢に問う。


「はい。気付いていたようです、〇二九を梅香菜で見たときに。この少女は、数か月前に行った麻薬密売組織の一斉捜査の時、組織の中で働いていた少女だと」


今回、梅沢が瑞希に命じた任務は、初めから中須に気付かれていたのだ。


「〇二九、あなた気付かなかったのですか? その組織に中須がいたことを」


「は、はい・・・」


 何のための潜入捜査だというように、梅沢は「はぁーっ」と、深いため息を吐いた。


「もしあなたがそのことに気付いていたなら、私はあなたを梅香菜には行かせなかった。〇二九、あなたの失態ですよ」


 梅沢の言葉に、瑞希は返す言葉もなく俯く。


「待ってくれ! そんな組織の中に入って仕事をするだけでも大変やねんぞ? いちいち誰がいたなんて憶えられるかいや!」


 航平がそう言うと、その言葉に対抗するように金井が言葉を発する。


「あほか、ふざけんな! こいつは今この仕事で金を稼いで生きてるんや、いわばプロや。そんな甘えは通用せんわ!」


 こんな時だけプロ扱いかと金井の言葉に苛立つ航平。しかし、それで瑞希が借金を返済しているのは確かだ。航平は金井を睨み付けるだけで、言い返したい言葉を呑み込んだ。


「もちろんです。〇二九だけのせいではありません。私にも落ち度はありますから」


 しかし金井の言葉とは対照的に、梅沢は自分にも非がることを認めた。


「本部長!」


 それは違うとばかり身を乗り出す金井を、梅沢は手を出し制止する。


「それで、取引に応じるつもりか?」


 航平は恐る恐る、梅沢に問う。


「まさか、そんな気はさらさらありませんよ。中須には、そんなので私は脅せない。我々は悪には屈しないと言っておきました」


 梅沢の意外な言葉に、皆が驚愕の表情を浮かべる。


「だってそうでしょ? ここで屈したら、光島くんのお兄さんのように、命を張ってまで捜査に当たってきた仲間に示しがつきません。彼らの犠牲が無駄になってしまう。我々は、警察は悪に屈するわけにはいかないのです」


 梅沢はそう言い切った。


 初めてだ、本部長としての威厳を見せたのは。この時ばかりは航平も、やはりその地位に上がる人間なのだなと感じた。


「私たちには国民の平和な暮らしを守る使命がありますからね。何としても薬物の犯罪は滅さないといけないのです。だから私は中須と戦いますよ」


「もちろんです本部長。我々はどこまでもついて行きます!」


 金井は梅沢に敬意を払いそう述べる。


 航平もまた、このことだけに関しては梅沢に賛同した。


「さて、どう動きましょうか・・・ とりあえず、中須の動きを待ってみますか。きっともう一度、電話を掛けて来るでしょうからね」


 梅沢は、中須が電話を掛けて来た時に、GPSで場所を特定したらしい。今は電源が切れていてわからないが、もう一度掛けて来た時に同じ場所なら、そこは中須のアジトの近くだと推測できる。


「とりあえずGPSで捉えた近辺を捜索するように捜査員には命じましたが、今は派手に動くと逃げられる可能性がるので、確実にアジトを特定できれば、動こうと思います」


 梅沢の意見に皆、同意した。


 その中で、瑞希だけは暗い表情をしていた。自分の失態もそうだが、由咲が中須の仲間かもしれない、そのことに動揺を隠しきれない。

 そんな瑞希に、梅沢が歩み寄る。


「〇二九、今回のことは水に流します。私にも落ち度はありますから。でもお互いに後がない、もう失敗はできません。だから頼みましたよ。お互い、生き残るために」


 梅沢は瑞希にだけ聞こえるような声でそう言うと、やさしい表情を浮かべた。


「では、みなさん。指示があるまで待機していてください。何かわかり次第、すぐに連絡いたします。それと〇二九は、学園に密偵らしき者がいないか、確認しておいてくださいね」


 梅沢はそう言って部屋を後にした。金井もまた、瑞希と航平を睨み付け、梅沢の後を追うように部屋を出て行った。


「じゃあ瑞希、俺たちも行くか」


「うん」


 そして瑞希と航平も部屋を後にする。


 なんだか上手く梅沢に言いくるめられたような気がする。そんな気がしている瑞希。

 航平の兄の話や、毅然たる警察官としての姿勢に、梅沢の存在が大きく見えた。そして航平までもが、その姿勢に支持しているように見える。しかし瑞希の中では何かが引っ掛かっていた。いつもとは違う、違和感みたいなものに。

 しかし航平も今は兄の事がやっとわかって、晴れやかな表情をしている。だから今は、その違和感を話すべきじゃないと思い、瑞希はそのことを伝えることはしなかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る