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♪♪♪♪♪
瑞希が本部長室を出てすぐ、梅沢の携帯電話が鳴った。ディスプレイには〇二九、瑞希の拘束番号が浮かび上がる。
「そう言えば、〇二九は携帯を落としたと言ってましたね・・・」
結局、捜査一課の誰も瑞希の携帯電話を見ていなかった。これはきっと、その携帯電話を拾った親切な人が電話を掛けてきてくれたのだと思い、梅沢は、「もしもし?」と、その電話に出た。
「女子高生じゃない? ということは、あなたは警察本部の偉いさんですか?」
電話の向こうの人間が、唐突にそんなことを尋ねて来た。
電話番号の登録に警察の文字は一切使ってない。それに名前も偽名だ。なのに電話の相手は警察本部の人間だと知って掛けてきている。相手は明らかにこっちの正体を知って電話を掛けて来ているということだ。
「誰かな、君は?」
しかし梅沢は、焦ることなく冷静に対処する。
「ああ、すいません。私、中須というものです」
「中須・・・?」
「はい」
まさかこのタイミングで捜査一課がずっと追って来た麻薬密売人の中須から電話があるとは考えもしなかった。しかしまだ中須と決めつけるのは早い、別人かもしれない。梅沢は相手を探る様に慎重に話を進める。
「中須さん。これはどうも。携帯を拾ってくださって、ありがとうございます」と、梅沢が礼を言う。
「いや、違いますよ。これはある人物の鞄から奪ったものです。あなたが使役している少女からね」
中須は瑞希の存在に気付いている。
「奪ったとはどういうことでしょう? 盗んだということですか?」と、尋ねる梅沢。
「はい」
「なんでそんなことを?」
「すいません、こんな意味のない会話はやめませんか? 私のこと、気付いているんでしょ?」
これで間違いない。電話の相手は捜査一課が追って来た中須だ。だとしたら中須の言うとおり、こんな意味の会話を続けていても時間の無駄だ。
すると梅沢は単刀直入に中須に問う、「何が目的ですか?」と。
「あなたたちは私を追っているんですよね?」
「さぁ、どうでしょう・・・」
「隠さなくてもいいですよ、わかっていますから。あなたが使役している梅香菜で働く少女、花村瑞希。あの子は、あなたが私の監視に差し向けた密偵ですよね?」
中須は梅沢が秘密裏に行っている任務にも気付いているようだ。
「さぁ、そんな女性は知りませんね」
それでもとりあえず、しらを切る梅沢。
「なかなか強情ですねぇ~」
中須は「フッ」と笑みをこぼし、話を続ける。
「しかし密偵に未成年を使うのはどうなんですか? そんなこと警察がやっていいんですか?」
中須は瑞希が未成年だということにも気付いている。瑞希は顔も身体つきも大人っぽいから二十歳くらいにも見えなくはないと梅沢は判断し、梅香菜に潜り込ませた。しかし中須は誤魔化せていなかったようだ。
「何故、未成年だと?」
「実は僕も松宮学園の方に密偵を送っていましてねぇ、瑞希さんのことを探るために。なのでいろいろわかっていますよ。あなたたちが彼女にどんな扱いをし、何をやらせているかもね」
中須は瑞希のことを探るために、松宮学園に密偵を送り込んでいた。そして瑞希の扱いも、何をやらせているのかもわかっていると言う。そこまでされていたとは予想外だ、迂闊だった。さすがの梅沢も言葉を失う。
「それに瑞希さん、どこかで見たことがあったんですよねぇ~ それでよくよく思い出してみると、この前の警察が行った麻薬密売の取り締まりの捜査、あの時です。あの時、あの女の子は俺が出入りしている組織の中にいたんですよ、もう一人の未成年の女の子と一緒にね」と、中須は言う。
この前、捜査一課が行った麻薬密売の取り締まり一斉捜査、県警本部が勢力を上げて行った大規模な捜査だ。瑞希と同じ、梅沢に使役されている未成年の女の子たちが、密売人のアジトに潜り込み、潜入捜査を行った。あの時は二人一組で、それぞれのアジトに潜り込んだのだ。その瑞希が潜入した方の組織の中に、中須がいたというのだ。
「瑞希さんは確かに、あの中にいました。それで見憶えがあったんですよね」
失態だ。梅沢はとんだ失態を犯していた。あの中に中須がいたとは予想していなかった。中須はこれまでどの組織にも属さず単独で動いていた、だからノーマークだったのだ。
これはヤバい。このことを中須が知っているということは非常に困る。もしこれがマスコミの耳にでも入ったら、警察内での梅沢の立場が悪くなる。悪くなるどころか、もう警察にはいられないだろう。
梅沢は額に手をやり、ぐったりと肩を落とす。こんな精神的に追い詰められている梅沢はまず見られないだろう。
梅沢は考える。どうしたらこの場を打開できるだろうと。
「それでですね、僕と取引をしませんか?」
すると中須の方から提案を持ち掛けて来た。
「取引?」
「はい。私は、あなた方がしていることを誰にも公表しません。その代わり、私の事は見逃してくれませんか?」
「見逃す・・・?」
「はい。悪い条件ではないでしょ?」
梅沢は考える。ここで中須を見逃せば出世のチャンスを逃す。しかし中須を追い掛け、未成年を使い極秘任務を行っていることを知られれば、出世どころか警察官としても終わりだ。それは絶対に阻止しなければならない。
「私が、そんな取引に応じるとでも?」
「さぁ、それはわかりません。けど利口なあなたならおわかりのはずだ、どちらの選択が正しいかはね」
警察官として毅然な態度に出た梅沢だったが、中須の言葉を聞いてニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
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