第七章 最後通告

 次の日、瑞希と航平は一緒に家を出て、県警本部の梅沢のところへ昨日の事件の報告へと向かった。


「携帯がない?」


「うん・・・」


 次の日になって、瑞希は携帯電話を失くしたことに気付いた。普段、私用ではまったく使わない携帯電話。だから朝になるまで気付かなかったのだ。


「昨日の現場で落としたんかな? 後で捜査一課の奴らに聞いてみたらどうや?」と航平。


「うん、そうする」


 この時はまだ気付いていなかった。携帯電話がある人物によって盗まれていたことに。


 県警本部の前まで来て、航平は、「じゃあ、瑞希は先に行っててくれ。俺はちょっと調べものがあるから、西生田署に行って来る」と、瑞希に告げる。


「ええっ? そうなん?」


 不安そうな表情を見せる瑞希。無理もない、昨日は任務で殺されかけた。その任務を指示した梅沢に一人で会いに行くのだから。


「大丈夫、さすがにここで殺されはせんやろう?」


 航平は知らない。この県警を出るまで、瑞希がどんな仕打ちを受けて来たかを。

 しかし瑞希は、航平にも仕事があるのだと理解し、「いってらっしゃい」と見送る。

 本当は航平も、瑞希を一人で行かせるのは不安だった。しかし、どうしても気になることがあって、西生田署に行かなければならなかったのだ。


「すまん、瑞希・・・」


 航平はそう呟きながら瑞希と別れ、西生田署へと向かった。


 航平がどうしても調べたいこと。それは瑞希たちのような県警の駒となり、極秘任務を行っている少年少女についてだった。県警の資料室には絶対に入れてもらえない。だから、所轄の資料室で、それを調べようとしたのだ。

 所轄に任務の資料は無いと思うが、以前の麻薬密売の一斉摘発、そのことなら何かわかるかもしれない。そして行方不明になった瑞希の友達の事も。それに瑞希たちの過去についても知りたかったのだ。手掛かりが見つかる可能性は少ないが、少しでも何か見つけようと、航平は所属する所轄へと向かった。



 ――― 西生田署、資料室 ―――


 航平は西生田署に行くなり自分の部署へは向かわず、資料室へと向かった。そして警察官の名簿や過去の事件などの記事を見てまわる。しかし、以前に行われた麻薬密売の一斉摘発の捜査については、何の記述も残されてなかった。それどころか、瑞希たち少女が関わるような資料は何一つない。


「やっぱりないか・・・ これは極秘任務やもんな。そんな証拠となる資料なんか、この所轄に置いてるはずがないよな」


 航平がそうぼやいていると、「何か探しているの?」と、背後から女性の声がした。


「おう、梓奈か」


 航平が振り返った先に立っていたのは、深町梓奈。航平と同期で、この西生田署に勤務する刑事だ。実は航平と梓奈は幼い頃の幼なじみ。中学になって離れ離れになったが、警察官になって二人は再会した。


「いや、別に。何でもない」


 航平がそう言って両腕を大きく天井に向け伸ばす。その時、航平の調べているものが、梓奈の目に入った。それは少年少女に関する事件の記述がされてあるページだった。梓奈はそれを見て眉を細める。


「航平、あなた最近何してるの?」


梓奈が唐突に、航平に尋ねる。


「えっ? 何って・・・ 別に。普通に仕事してるけど?」


 航平が何かをしていることは、梓奈にもわかっている。よく本部の捜査一課から呼び出しがあるからだ。しかしその内容は他の誰にも知らされてはいない。そして暗黙の了解で、そのことを言う人も、聞く人もいないのだ。


「航平、何を探そうとしているのかはわからないけど、もうやめた方がいいよ」


「えっ?」


「県警に関わることでしょ? だったら、いくら調べたって何も出てこない」


 梓奈はまるで、航平が調べているものがわかっているような口ぶりだ。そんな梓奈に航平は違和感を覚える。


「おまえ、何か知ってるんか?」と、航平。


「何を?」


「いや、それは・・・」


 そう聞き返されると航平は何も答えられない。


「最近、航平は県警によく呼び出されている。だったらそれ絡みでしょ?」


 さすがは梓奈、するどい。と感心する航平。


「捜査一課で管理しているようなもの、こんな所轄で見つかるわけないでしょ?」と、梓奈。


 確かに、梓奈の言うとおりだと、航平は納得する。しかし、じっとしていられなかったのだ。瑞希のために何か役に立ちたい、航平はそう思って地道に調べていた。


「ねぇ航平。捜査一課で何をしてるの?」


「えっ?」


「何か危ないことをしてるんじゃないの?」


「大丈夫やって、別に何もしてない。ちょっと捜査の手伝いをしてるだけや」


 航平はそう言って笑みを浮かべる。梓奈が心配しない様に。


「本当に?」


「ああ、ほんまや」


「なら、いいけど・・・」


 梓奈はいつもこうやって航平の心配をする。過保護なくらいに。


「航平、もっと自分を大切にしてよ、お願いだから」


 瑞希はそう言って航平に近付くと、いきなり唇にキスをした。


「お、おい、梓奈。何してるねん!」


 航平が梓奈の肩を持ち、自分から引き離す。しかしまた梓奈は航平の唇を奪う。それは激しく絡み合う大人のキス・・・ 強く絡んでくる梓奈を航平は次第に受け入れて行く。そして今度は、航平が梓奈の体を押し返し壁際まで追い込んで行くと、梓奈の唇を奪いながら右手で梓奈の左胸を掴んだ。「あっ・・・」梓奈の口から吐息が漏れる。するとそこで航平の動きが止まった。そしてゆっくり梓奈から離れる。


「す、すまん・・・」


「ううん・・・ だいぶ参ってるみたいね? 大丈夫?」


「ああ、大丈夫や」


 航平は冷静さを取り戻し、服装を整える。


「私はいつだって航平の味方だよ?」


「ありがとう、梓奈」


 航平はそう言うと、梓奈を残して資料室を出て行った。


 梓奈は、そんな疲れた航平の背中を心配そうに見つめていた。


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