5
現場を離れた後、瑞希たちのような少女を診ている警察本部専用の病院へ瑞希を連れて行った。あまりにも酷い怪我の時だけ特別に見てくれる施設だ。
幸いどこにも異常はなく、軽い打撲だけで済んだ。
今日の出来事で相当疲れたのか、診察が終わると瑞希は、ぐったりと眠ってしまった。そんな瑞希を航平は背中におぶって家へと帰り、布団へと寝かせた。
「瑞希、よくがんばったな・・・」
航平は、ぐっすりと眠る瑞希の横に座り、やさしく頭を撫でる。
「んん・・・ おじさん臭い・・・」
すると瑞希がゆっくりと目を覚ました。
「おい、おじさん臭いってなんやねん? 臭いで目が覚めたみたいに言うな、失礼な」
航平は少し眉間に皺を寄せ、不満そうな顔をする。
「えへへっ・・・」
瑞希は笑みを浮かべながら、布団を鼻まで上げた。
航平の匂いが落ち着く。瑞希にとって、おじさん臭い航平の匂いこそが、精神安定剤のようなものなのだ。
「よく頑張ったな、瑞希」
航平は改めて、瑞希の頑張りを褒め、やさしく頭を撫でた。
その手はとてもやさしくて、あたたかくて、そのぬくもりに瑞希は安心できた。
今日は瑞希にとって大変な一日だった。あれほどちゃんとした格闘をしたのは初めてで、よく二人も倒せたなと自分でも思う。しかしその後だ、瑞希が男たちの襲われたことを思い出し、恐怖と虫唾が走るような気持ち悪さに苦しむのは。
瑞希は急に顔色が悪くなり、体を震わせ始めた。
「瑞希、どうした?」
瑞希の異変に気付いた航平が、心配そうに瑞希の顔を覗き込む。瑞希は航平の顔を見ると、ギュッと手を掴んで、航平の膝に顔を埋める。
「瑞希?」
航平は瑞希に握られている手とは逆の手で、瑞希の肩をそっと擦る。
「ねぇ、航平・・・」
「うん?」
「私を、抱いてくれないかな・・・?」
瑞希はいきなり突拍子もないことを言い出した。
「ええ? おまえ、何言ってるねん?」
突然の瑞希の申し出に戸惑う航平。
「私、本気だよ」
瑞希は掴んだ航平の手を、より強く掴んだ。
「どうしてん? 急に」
「見たでしょ? 私が男たちに襲われそうになっていたとこ・・・」
「・・・・・」
航平は瑞希の問いに黙り込む。確かに航平はその状況を見ていた。だからその場へ飛び込み、男たちを殴り飛ばしたのだ。
「気持ち悪かった。本当に・・・ 後ろから胸を鷲掴みされて、何度も何度も・・・」
そう話す瑞希の声が段々と震えてきて、その震えは手にまでも伝染し、航平にも伝わって行く。
きっと、ものすごく怖かったのだ。必死に逃げ、取り押さえられ、抵抗し、力によって押さえつけられたこと、体の自由を支配されたこと、言葉に出来ないくらい怖かったのだ。それでも瑞希は必死で戦った。
そのことを思うと、航平は胸の中をぎゅっと握り締められるような痛みを感じた。
「その時思ったの。ああ、せめて初めては好きな人に捧げたかったなぁ。一度でもいいから好きな人に抱かれてみたかったって・・・」
「瑞希・・・?」
瑞希はじっと航平の顔を見つめた。そして、「これはね、愛の告白なんだよ」と、告げた。航平は目を大きく開き驚く。
「驚いた?」と、瑞希。
「そりゃ、驚くよ・・・」
そこで。「フフッ」と、硬かった瑞希の表情が少し柔らかくなった。
「私はこれからこういう任務をしていくんだね? 知らない男に、あんな風にされていくんだね?」
瑞希の言葉に、航平は「そんなことは」と言い掛けたが、瑞希がそれを遮る様に話を続けた。
「そしていつか、任務中に死ぬんだね・・・ 好きな人に、抱かれないまま・・・」
「瑞希・・・ そんなことない。俺がそんなことさせない!」
「航平・・・」
わかっている。航平はいつだって、体を張って守ってくれる。しかし、たとえ死ななくても、自分の体は、初めては、航平ではない誰かに奪われてしまう。瑞希は今日、それがわかった。だからこそ今、それだけは回避したい。そんな気持ちで航平に想いを告げているのだ。
「航平、お願い、抱いて・・・ せめて、せめて初めてだけは、納得いく人と・・・ 好きな人としたい」
「瑞希・・・」
瑞希の目は真剣だった。これは瑞希の置かれている状況で必死に悩んで出した答え。女としてのせめてもの願い。航平への愛の告白なのだ。
「すまん、それはできない・・・」
しかし航平は、それを受け入れなかった。
瑞希の目から一滴、涙が流れ落ちる。
「好きになってとか、興味持ってくれなんて言わない。航平にとっては遊びでもいいの、だからお願い!」
それでも航平は首を横に振る。
「どうして? 私ってそんなに魅力ない? 気持ち悪い?」
「そうじゃない」
「じゃあ、どうして?」
「そんないい加減な気持ちで、そんなことできない。真剣な瑞希の気持ちを遊びでなんて応えられない。そういうことは、ちゃんとした想いがないと、受け入れてはいけない」
「ちゃんとした想いならある。私は航平がいい、私は航平に抱いてほしいの!」
「俺にその気持ちがない!」
それでも航平は首を横に振る。
航平は決して瑞希を嫌いなわけじゃない。むしろ好きだ。しかしその好きは恋愛のとは少し違う。そんな気持ちで瑞希のことを抱くなんてできない。航平はあくまで純粋だった。
「どうして、どうしてよ・・・ 私には時間がないの、わかってよ・・・」
瑞希は航平の腕にしがみ付き、泣きじゃくる。航平はただ、瑞希の頭を撫でてやることしかできなかった。
わかっていた、航平がこういう人間だということは。真面目で純粋で融通が利かない、堅物男だということ。でもきっと、そんな航平だからこそ好きになった。瑞希はそう思う。
「そんな任務しなくていいように、俺が何とかしてやるから」
航平はやっぱりそう言う。――だからそれは無理なんだ、そんなことは。それに今は、そんな日のことを話しているんじゃない。私は今の気持ちを話しているんだ―― そう心で言葉を押し殺す瑞希、今の航平に何を言っても受け入れてもらえないことはわかっている。
「瑞希?」
困った顔で瑞希を見る航平。
「ズルい。そんな顔されたら、もう何も言えなくなる・・・ ――わかったよ・・・もういいから」
瑞希はそう言って、航平に甘えるように体を寄せる。
「すまん、瑞希・・・」
「でも、私の気持ちは変わらないから・・・」
「えっ?」
「なんでもない!」
瑞希は今、許される最大限の甘えで航平に寄り添い、膝枕で眠る。それで我慢することにした。
しかしこれでまた、瑞希は生きようと気持ちが甦った。
いつか、航平の想い人になれるようにという願いを持って。
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