その頃、県警本部では話し合いが行われていた。本部長室に梅沢と金井、そして数名の捜査一課の刑事が、密売人の疑いがある梅香菜に来ていた男たちについて話していたのだ。 


「本部長、あれから三週間、まったく動きがありませんね?」と、金井。


「そうですね・・・ もしかしたら、〇二九の存在がばれている可能性がありますねぇ」


 梅沢はそう言って険しい表情を見せる。


「どうしますか?」


「一度、〇二九を泳がせてみますか」


「泳がせるんですか?」


 金井はその問いに眉をひそめる。


「相手が〇二九の存在に気付いているなら、顔を見られた密売人たちは〇二九を消しに来るかもしれません。一度、〇二九を泳がせて探ってみましょう」


「そういうことですか。そうですね、そうしましょう」


 金井は梅沢の意図を納得し頷いた。まわりの捜査一課の刑事も梅沢に賛同する。


「まぁ、ここで〇二九を失っても、それはそれでいいですしね」


 梅沢は独り言のようにそう呟くと、不敵にニヤリと笑った。

 この話し合いで、瑞希の新しい任務が決まったのだ。


 ♪♪♪♪♪ 


 バイトに向かう瑞希の携帯電話が突然鳴った。県警本部からだ。


「はい、もしもし?」


 瑞希は愛想の無い低い声で電話に出る。


「ああ、私です。梅沢です」


 それは本部長、梅沢からの直々の電話だった。


「なんですか?」


「今日はね、バイトを休んでください」


「休む? 何故です?」


「ちょっと買い物を頼みたくて。それに君に行ってほしい店があるんですよ」


「買い物? 行ってほしい店?」


「梅香菜の方へは私から連絡しておきますから」


「ちょっと、そんな勝手な・・・」


「あっ、言っておきますが、これは任務ですからね? くれぐれもよろしくお願いしますよ」


 梅沢は瑞希の立場に念を押すように低い声でそう脅すと、詳細だけ告げて電話を切った。


「行ってほしい店? 買い物? それが任務なん・・・?」


 瑞希は切った携帯電話を眺め、また直美さんに悪いことしたなと心の中で呟いた。


 それからすぐ捜査一課の男の一人が、瑞希に接触してきた。待ち合わせの本屋で瑞希と背中合わせで立ち、買う物が書かれた紙とお金、そして地図をこっそりと手渡してきた。

 瑞希は渡されたメモ用紙を開く。

 コーヒー豆を売っている店でコーヒー豆を買って、待ち合わせ場所の喫茶店に行き、それをある人物に渡す。紙にはそう書かれてあった。


「何これ? これが任務なの・・・?」


 心の声が漏れてしまった、そんな感じで小さな声で呟く瑞希。何てことない任務に拍子抜けする。正直これは任務でなく、ただのお遣いだ。

 こんなことのためにバイトを休まされる瑞希は、どうにも納得がいかない。

 だいたいコーヒー豆を買って喫茶店に届ける意味がわからない。喫茶店の人に売ってもらえばいいのにと思う。しかしこれも梅沢が命じて来た任務、やらないわけにはいかない。


 瑞希はなんだか馬鹿らしくなって、「はぁー」と、ため息を吐いた。

 すると捜査員の男は、妙なことを口にした。


「携帯はサイレントにして、任務中は絶対に電話に出るな、そして誰にも電話を掛けるな。電話を使った時点で任務は失敗したものと思え」と。

 どうやら携帯電話を使うとまずいらしい。

 一体、どういう意味だろう。こんなお遣いみたいな任務に、そんな大袈裟なこと言う必要あるのだろうか。それに携帯電話を使った時点で任務失敗とは、まったく意図が見えてこない。

 疑問だらけの任務だが、瑞希はその意味をよくわからないまま、言われた通りに携帯電話はサイレントにし、鞄の奥底に仕舞った。そして任務へと向かう。


 ここからは一切、捜査一課の監視がなくなった。

 まずはコーヒー豆を売っている店。紙に書かれてある店へと向かう。そこはどうやら路地裏にあるようで、地図が少し見づらい。


「ここどこ? あの路地裏を行けばいいの?」


 瑞希はどんどん人気の少ない路地裏へと入って行く。

 するとその時、何か人の気配を感じた。継続的に誰かが移動しているような足音だ。


「何? 誰かいるの? ・・・まさか、この前の・・・」


 瑞希は、この前のストーカーの男のことが頭をよぎる。


 しかし耳を澄ましよく聞いてみると、一人の足音ではない、数名いる。

 さすがに瑞希も怖くなり、身構える。

 すると突然、目の前のビルの角から二人の男が姿を現した。一人はこの前、航平と出会った時に逃してしまったチンピラ風の男、梅香菜でも見ている男だ。そしてもう一人は初めて見る男、長髪が気持ち悪い痩せ型の男。二人は完全に瑞希を視界に捉え、じっと瑞希を見ている。


「な、なに・・・ これ・・・ どういうこと?」


 すると前だけではなかった。瑞希の背後にも、男が二人立っている。それはこの前、梅香菜でみた小太りの男と、もう一人は初めて見る、黄色いレンズのサングラスを掛けた男だ。


「なんかこれ・・・やばい状況?」


 瑞希は完全に男たちに囲まれた。男たちはじりじりと瑞希に近付いて来る。

 瑞希は何で自分が男たちに囲まれているのかが理解できない。理由があるとするならば、梅香菜でのことがばれたか、この前の尾行で気付かれたかだ。どちらにしろ、こんな状況になるということはもう、瑞希の素性はばれている、ということだ。

 しかし今は、そんなことを考えるより、まずこの状況をどう脱するかだ。

瑞希は考える。相手は大人の男が四人、戦ってどうにかなる相手ではない。

 瑞希はまわりを見渡す。退路を完全に塞がれている。


「じゃあ、ここ行くしかないか・・・」


 すると瑞希は、すぐ横にある壁をよじ登り始めた。


「おっ、こら! 待て!」


 そう言われて待つ奴なんていない。瑞希は軽快に壁を乗り越えると、その場から逃げ出した。



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