梅香菜―― 先に着いた瑞希は、不安な気持ちで直美のことを待っていた。


 バイトが始まる五分前、更衣室の扉が開く。


「直美さん!」


 そこにはいつもと変わらず、穏やかな表情の直美がいた。


 瑞希は思わず直美に抱き付いた。


「どうしたの? 美和ちゃん」


「なんだかすごく不安で。それで・・・」


「そう、心配してくれたのね? ありがとう」


 直美は瑞希の体をぎゅっと抱き締めた。


「直美さん、本当にごめんんなさい。私のせいで・・・」


「ううん。美和ちゃんが無事で本当によかった」


「直美さん・・・」


 瑞希は直美のその包容力のようなやさしさを改めて感じた。


「美和ちゃん、今回の男は、ただ女子高生の美和ちゃんが可愛くて追って来ていたみたい」


「そう、なんですか・・・?」


「うん。要は、変態さんだね」


「へんたい・・・さん?」


 一般の生活をほとんどして来ていないせいか、瑞希はこの手の話には疎い。


「とにかく、美和ちゃんは可愛いんだから、今後はもっと気を付けて歩くように。いいね?」


「は、はい・・・」


「さっ、仕事が始まる。早く行こう」


「はい」


 瑞希は上手く話の内容を理解できないまま、直美に背中を押されホールへと向かう。


 その後、直美はこっそりと瑞希の鞄に生徒手帳を戻しておいた。

 そして偽名のことにはまったく触れず、今まで通り、「美和ちゃん」と呼んだ。


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