ある日の学校帰り、瑞希は由咲と別れてからバイト先の梅香菜へと向かった。

 直接向かうということで、今日は捜査一課の監視も付いていない。瑞希は少し気を楽にしながらバイト先へと向かう。

 コツコツ。すると瑞希はある足音に気付く。特に気にはしていなかったが、よく考えてみるとこの足音、数分前からずっと自分の後を追って来ている気がする。


「捜査一課か?」


 瑞希の答えはすぐに出た。自分の後を付いて来るのなんて捜査一課の人間しかいない。しかしそうなると少し妙だ、もし捜査一課の人間なら堂々と後を付いて来るはずなのに、その人物は姿を隠しながら付いて来ている。


「誰・・・?」


 瑞希はなんだか不安になって歩くスピードを上げる。すると同じように、その人物も歩くスピードを上げて付いて来るではないか。


「何何何? 怖いんですけど・・・」


 瑞希は更にスピードを上げて振り切ろうとする。そして人気のないビル街へと入って行き、身を隠そうとしたその時、突然腕を掴まれビルとビルの間に体を引き込まれた。


「きゃあ!」


 突然のことに驚き、瑞希は思わず女の子らしい声を上げる。


「美和ちゃん、私」


 するとそこにいたのは、梅香菜で一緒に働いている直美だった。


「直美さん!?」


 またも驚きで、大きな声を上げる瑞希に、直美は「しっ!」と、人差し指を口元で立てた。


「直美さん、どうしてここに?」


 瑞希は声のボリュームを下げ、囁くような声で直美に尋ねる。


「いやぁ、たまたまそこで美和ちゃんを見掛けてさ、そしたら変な男に追われてるんだもん。ところで美和ちゃん、あれは誰なの?」


「いや、私も知らないんです。気付いたら後を付けて来ていて・・・」


「気付いたら? ストーカーかな?」


「ストーカー?」


 聞いたことくらいはあるが、そのキーワードに知識がない瑞希は首を傾げる。


「まぁいいわ。美和ちゃんはこのままこの道を真っ直ぐに行って。そしたら人通りの多い道に出られるから。そしてそのまま梅香菜へ向かいなさい」


「えっ? 私だけ? 直美さんは?」


「私は追われてるわけじゃないから大丈夫」


「でも・・・」


「あぶない様だったらちゃんと逃げるから」


「・・・・・」


 それでもこの状況を、素人の直美に任せて逃げるのは気が引ける。瑞希は高校生でも、一応は警察側の人間なのだから。


 そんなことを考え、迷っている瑞希に、直美が言葉を発する。


「ほらっ、バイト遅刻するよ! この前、無断欠勤したばかりでしょ? もう後がないよ!」


 直美はそう言って瑞希の痛いところを突き、決断を煽る。

確かにこの前の無断欠勤で瑞希にはもう後がない。今、梅香菜を辞めさせられるわけにはいかないのだ。


「わかりました。すいません」


「うん」


 瑞希は躊躇いながらも、ここは直美に任せることにした。


「直美さんも早く来てくださいね」


「わかった。なるべく早く行くから、先に行って待ってて」


「はい」


瑞希は言われたとおり、ビルの間を真っ直ぐに走り抜けると、そのまま大通りに出た。

「直美さん、本当に大丈夫かな・・・? けどもし、私のストーカーていうなら、直美さんは大丈夫だよね?」


 瑞希はストーカーの意味をちゃんと理解はしておらず、ただ狙いが瑞希なら直美は大丈夫だろうという認識で考えていた。


「直美さんは後でちゃんと来るって言ったし、とにかく私は梅香菜に急ごう」


 瑞希は背後を気にしながら、そのまま梅香菜まで走って行った。


 直美が瑞希を無事に逃がした後、男は瑞希がいるであろうビルとビルの間に駆け寄り顔を出した。しかしそこにいたのは瑞希じゃなく直美。直美と目が合った男は、ぎょっと驚きの表情を浮かべる。


「あら、女子高生じゃなくて残念?」


 直美の問いに表情を歪ませながらも、男は何もなかったかのようにその場を立ち去ろうとする。しかし直美はそれを引き止める。


「ちょっと待って、ストーカーさん。なんで女子高生を付けていたの? まさか、本当にストーカーじゃないわよね? あなた、何者?」


 直美は男に再び問い掛ける。

 このまま逃してはもらえない、そう感じた男は攻撃に出た。直美を目掛けて殴り掛かって来たのだ。しかし直美はそれをかわし男の腕を掴むと、そのまま背中へと腕をまわし取り押さえ、建物の壁に体を押さえ付けた。


「女性相手にえらく乱暴ね。 ・・・・それで、あなたは何者なの?」


 取り押さえられた男からは腕の痛みでのうなり声だけで、それ以上は何も話さない。


「正体は明かさないのね? わかった、じゃあ・・・」


 ドカッ。すると大きな音と共に、男はその場にドサッと倒れた。直美が男の首に一撃を入れ、気絶させたのだ。


「ここでしばらく眠ってなさい」


 直美はそう言って言葉を続けた。


「あれ?」


 すると直美はあるものが落ちていることに気付き、それを拾う。それは松宮学園の生徒手帳。直美はその生徒手帳を開く。


「花村瑞希・・・」


 そこには瑞希の名前と顔写真が写ってあった。


「そうか・・・ 美和ちゃん、やっぱり偽名だったんだね」


 まるで直美は偽名であることに気付いていたかのように呟くと、その生徒手帳を鞄の中に仕舞った。



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