第五章 転校生
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次の日、非番で眠っている航平を置いて、瑞希は学校へと向かった。航平は捜査一課の仕事、瑞希の監視役もしながら所轄の仕事もしている、よってこういう日もあるのだ。
瑞希の後ろには一人、男の影がある。それは捜査一課の人間だ。航平が非番の時は、こうして捜査一課の人間が瑞希を監視しているのだ。
「監視なんてされなくても、私はどこへも逃げませんよ。どうせ私には行くところなんてないんだから。それに航平ともっと一緒にいたいし・・・ って、私は何考えてるんよ!」
男に聞こえないような声でそんなことを呟きながら、瑞希は顔を真っ赤にし、歩いていた。
そんなことを考えているうちに学校へと着く。
学校では相変わらず、みんな勉強に励んでいて、休み時間でさえも友達と話している人なんてほとんどいない。よって瑞希はいつも独りぼっちだった。
瑞希は勉強しなくても、テストの点が悪くても、ちゃんと進級できる。それは梅沢がちゃんと手をまわしているからだ。
こんな学校生活に何の意味があるのだろう? 瑞希はいつもそう考える。でももし、琴美たちがいたならば、こんな学校でも楽しかったのかもしれない。
琴美たちも、瑞希と一緒にこの学校に通わされていた。しかし登校したのはほんの数日、ほとんど学校には来ていない。任務中に入学して、あの事件は起こったからだ。
「みんながいれば、つまらない毎日から抜け出せるのになぁ・・・」
瑞希は一人、教室の窓から外を眺め、そう呟いた。
そんな時、瑞希はふと思った。もしかしたら私たち以外にも、この学校に通わされている同じ境遇の子供がいるんじゃないかと。
瑞希は教室を見渡す。中にはそれらしき雰囲気を持った人物もいる。他の生徒とは明らかに目が違う人物が。でも私はあえて話し掛けたりはしない。私たちは互いに存在を知られてはいけない者同士だから。
キーンコーン、カンコーン♪ するとホームルームの予鈴が鳴る、と同時に担任の先生が教室に入って来た。そして一人の少女が後をついて入って来る。
「今日は初めに転校生を紹介します。さぁ、自己紹介を」
先生にそう言われ、少女は「はい」と言って一歩前に出た。
「植村由咲と言います。よろしくお願いします!」
彼女は明るく大きな声でみんなに挨拶をした。
植村由咲。背丈は瑞希と変わらず、髪は肩に掛からないくらいの長さで、茶色がかった髪にナチュラルな感じのパーマが当たっている。そして何より愛嬌のある可愛い笑顔をしている。
普通なら、こんな美少女が転校して来たら、クラスはわぁっと歓声に沸くのだろうが、この学校は違う。彼女の明るさとは対照的に、クラスのみんなの反応は冷めていた。
「じゃあ、花村さんの隣の席に」
「はい」
先生も、あっさりと由咲の自己紹介を終え、席に着くように言った。
由咲はグランド側の窓の列、一番後ろにある瑞希の隣の空いている席へと座った。そして瑞希の方を振り向き、「よろしく」と言ってニコッと微笑んだ。その愛嬌のある笑顔につられて、瑞希も笑顔で「よろしく」と返す。
この学校で挨拶なんかされたのは初めてだ。それにこんなに明るい笑顔で。瑞希は由咲の可愛さについ、見惚れてしまった。
「なんか、ここの人たちって暗いね?」
由咲が教室を見渡しながら、小さな声で瑞希にそう尋ねる。
「ああ、うん。みんな勉強で大変だから」と、答える瑞希。
「そうなんだ・・・ でも、あなたはちょっと違うね」
「えっ?」
瑞希は何がと言うように首を傾げる。
「勉強ばかりって感じがしない。ああ、良い意味でだよ?」
由咲は悪い意味に取られないよう、補足を入れる。
「そうかな?」
「そうだよ。私もこんな雰囲気はちょっと苦手・・・ フフッ」
「フフフッ」
瑞希と由咲は顔を見合わせ笑った。
瑞希は勉強ばかりではないというより、勉強は全然できない。
「私は植村由咲、由咲って呼んで」
由咲はそう言って瑞希に右手を差し出す。
「私は花村瑞希、瑞希で・・・いいよ」
そして瑞希はその差し出された由咲の手を、そっと握った。
名前で呼び合うなんて琴美たち以来、いや、琴美たち以外はいなかったと言う方が正しい。普通の学校で、普通の友達と、こんな風に会話し名前を呼び合う。瑞希はまるで夢でも見ているかのような、そんな大袈裟な気持ちになっていた。
「こらっ! 何をしゃべっている!」
するとコソコソと話しているのがばれて、二人は先生に怒られる。瑞希と由咲は、「すいませ~ん」と言うと、俯き顔を隠しながら、また顔を見合わせて笑った。
この感覚。瑞希はまるで琴美たちといる時のような感覚を感じた。
本当は校内で友達を作ることは出来るだけ避けたい。梅沢の言う距離の置いた付き合い方を、瑞希にはできそうにないからだ。きっと仲良くなれば、とことん仲良くなってしまう。瑞希には梅沢の言うような器用なことはできないのだ。
「瑞希、これ可愛くない?」
由咲は自分の鞄に付けているウサギのキーホルダーを瑞希に見せて来た。
「そうだね、可愛い」
「でしょ? じゃあこれ、瑞希にあげるよ」
「えっ?」
由咲は鞄の中からもう一つ、同じウサギのキーホルダーを出して来て、瑞希に差しだした。
「いいの?」
「うん。これでお揃いだね?」
瑞希はそのキーホルダーを受け取り、笑みを浮かべる。
今まで誰かから物をもらうなんてことなかった。しかも同じ年の女の子に。
瑞希は喜びで、胸が熱くなる。
「これは友達の証」と、由咲。
「とも・・・だち?」
「そうだよ、友達」
由咲はそう言ってニコッと笑う。
友達は作らないと決めた、それは絶対に後で苦しくなるから。しかし由咲は、そんな瑞希の気持ちもお構いなしに、どんどん踏み込んで来る。防御を張った瑞希の壁を、簡単に壊してくるのだ。
仲良くなってはいけない、仲良くなったらきっと後で苦しくなる、辛い思いをする。それが解っていても瑞希には由咲の勢いを止められなかった。うれしくて、こんな毎日に憧れていたから。瑞希は由咲を受け入れてしまったのだ。
これが普通の高校生の日常、少女たちの日常なのだろう。瑞希はそんな日常に溶け込んでいきそうになっていた。
由咲が転校して来てから二週間、私はいつも由咲と行動を共にしていた。
「しまった、教科書忘れた・・・」
瑞希は昨日、家で珍しく勉強をしていた。それで鞄に教科書を入れ忘れたのだ。
「そうなん? じゃあ、一緒に見よう」
由咲はそう言って机を瑞希に寄せ、繋げた机の真ん中のところで教科書を開いた。
「ありがとう、由咲」
「いいよ、こんなの」
二人は体を寄せ合い、授業を受ける。
「なんか、こういうのって楽しいね」と、由咲。
「うん・・・」
瑞希も笑顔でそう答えた。
由咲はこんな風に瑞希と接していた。今まで友達という存在がいなくて、人との接し方に不器用な瑞希を気遣い、やさしくサポートする。そんな頼りになるお姉さんのように。
しかしそんな由咲に何もできない瑞希は、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。お金が無くて何もプレゼントできない。それに学校帰りに買い物やカフェだって付き合ってあげられない。瑞希は辛い気持ちを抱えていた。
「やっぱり仲良くなると、辛いなぁ・・・」
瑞希は改めて自分の状況に嘆く。やっぱり自分は普通の生活などできないのだと。
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