午後九時。今日はいつもより一時間早く仕事を終えた。昨日のこともあり、店長が瑞希の体を気遣って早く上がらせたのだ。


「美和ちゃん、お疲れ様。早く帰って、ゆっくり休みよ」


 直美が瑞希を心配し、労いの言葉を掛ける。


「はい。ありがとうございます。お先に失礼します」


 瑞希は直美と店長に深く頭を下げ、店を後にした。


 外に出た瑞希は、迎えに来ると言った航平のことを待つ。今日は早くバイトを上がれると聞いて、先にメールしておいたのだ。

正直、これは任務だから早く上がらされると困る。瑞希は航平が来たら一緒に張り込もうと言うつもりだった。


「瑞希、待たせたな。じゃあ、行こうか」


 しかし航平は来るなり、瑞希をどこかへ連れ出そうとする。


「ちょっと待って! どこに行くん?」


「どこって、昨日言ったやろ? 服を買いに行くんや」


「服? あれ、本気やったん?」


「当たり前やろ」


 確かに航平はそう言っていた。しかし瑞希は半信半疑で、きっと冗談だと思っていた。


「でも、任務は? 店まだ開いてるし」


「こんな時間や、今日はもう来えへん」


「でも・・・」


「ああ、もう! 早くせい!」


 航平は瑞希の手を掴むと、強引に引っ張り歩き出した。


「ちょっと、航平!」


「ええから来い!」


「でもこんな時間に開いてる店あるん? もう九時やで?」


「大丈夫。心配するな」


 航平は瑞希の手を引き、どんどんと歩いて行く。


 そこで瑞希はあることに気付く。航平と手を繋いでいることに。

 それを理解した途端、瑞希の頬がどんどんと赤みを帯びて行く。心臓は激しく鼓動を打ち、繋いだ手は熱く汗ばんで行く。

 やばい。このままだと心臓がもたない。瑞希がそう思った時、航平が立ち止まった。


「着いたぞ」


「えっ?」


 連れて来られた店は三宮センター街の一角で、昼間なら人通りもすごいだろうというメイン通りにあった。


「こ、ここ?」


 瑞希は少し身構える。何故なら半分閉まりかけのシャッターからでも見える商品が下着だったからだ。しかもそれは自分が身に付けているようなものではなく、とても大人っぽい花柄やレースのもの。瑞希はさっきのドキドキが収まらないうちにこんなものを見せられて、また違う恥ずかしさで熱を帯びる。


「さぁ、早く入れ」


 航平は先に身を屈めシャッターを潜り、店の中へと入って行く。瑞希は店の前で少し戸惑っていたが、「もうっ!」と、恥ずかしそうに声を漏らし、店の中へと入って行った。

 店の中は広く、電気が煌々と明かりが点いている。

 瑞希は店の中を見渡し、目を輝かす。そこには色とりどりの可愛い下着がたくさん並んでいて、まるでお城の洋服庫のようだったからだ。


「加絵、遅くなってすまん」


 航平が、そこの店員らしき女性に声を掛ける。


「航平。待ってたよ」


 すると店員はニコッと笑みを浮かべ瑞希たちを出迎える。彼女の名前は野中加絵、高校の時の航平の同級生。小柄で可愛らしく、でも大人の魅力も感じる綺麗な女性。瑞希はそんな加絵に少し身構える。


「さぁ瑞希、好きなの選べ」と、航平は言う。


「好きなの選べって言われても・・・」


 横目でまわりを見渡す瑞希。まるでお城の洋服庫のようで感動はしたが、いざ選べと言われても選べない。瑞希はこういうお店に来たことがないからだ。よって選んだこともなければ、見ることも初めてなのだ。

 キョロキョロと挙動不審な行動を見せる瑞希。選び方がわからない。

 普通の人はどんなものを着けるのか、高校生にあった下着はどんなものなか、留置場で過ごして来た瑞希には到底わからないことだった。


「なんや、選ばんのか? じゃあ、この辺でどうや?」


 なかなか選ばない瑞希に、航平がその辺のものを手に取り差しだした。


「えっ、ええ・・・?」


 航平が手にしたものはピンク色の花柄のレースで、すごく大人っぽいやつだった。

 航平に差し出されオドオドとする瑞希。自分には似合うのかと考える。そしてそれよりも男性に選ばれている、航平に選ばれているのが何より恥ずかしい。

そこへ加絵が「こらっ!」と言って、航平の頭を軽く叩いた。


「痛っ。なんやねん?」と、航平は加絵の方を振り返る。


「そんなこと言われて、「うん、それがいい」なんて、彼氏でもない相手に言えるわけないやろ? というかなんであんたが選んでるの? この子の下着やろ?」と、加絵は航平に説教をする。


「そ、そうやけど、なんか悩んでたから・・・」と、航平。


「下着選び初心の高校生にとっては、恥ずかしいもんやねんから、あんたは向こうで待っとき」


 そう言って加絵は航平を隅っこに追いやり、瑞希は加絵と二人で下着を選ぶことになった。


「ほんまあいつは昔からデリカシーがないねんから」と、加絵。


「ははは・・・」


 瑞希は加絵の何とも言えない迫力に尻込みする。


「瑞希ちゃん、どんなんがいいの?」


「えっ? ああ・・・ 動きやすいやつがいいです・・・」


 任務には動きやすいい下着の方がいい。締め付けられたりするのは嫌だ。しかしこんなことを言えば、女らしくないだろうかと瑞希は言った後に少し後悔する。


「じゃあ、こんなのはどう?」


 しかし加絵は、そんな瑞希の心配もよそに、いろんな商品を丁寧に勧めてくれた。それは本当に瑞希に合ったもの、似合ったものを探して選んだものだ。瑞希は加絵の進めて来るものが、うれしかった。自分のためにというのもあるが、こんな風に普通に買い物をして、友達のように選んでくれる。こんな時間が本当に幸せに感じた。

 下着を選ぶ瑞希の笑顔は、その辺の普通の女子高生、普通の女の子だった。航平はそんな瑞希を見て、うれしそうに笑みを浮かべる。

 そして数十分選び、瑞希は加絵が選んでくれたものに決めることにした。


「本当にこれでいい?」と、加絵が瑞希に尋ねる。


「はい。すごく気に入りました」


「そう? ならよかった」


「ありがとうございました」


 加絵が選んだ下着は四着。値段や用途は様々だが、航平に言われていた着数を用意した。


「選んだやつ、試着して航平に見てもらう?」


 ここで急に、加絵が突拍子もないことを言い出した。


「えっ? なっ・・・ なんでですか?」


「いや一応、確認してもらったほうがいいかなぁ~って」


 加絵は少し不敵な笑みを浮かべる。


「むっ、無理無理無理です!」


 瑞希は顔を真っ赤にして慌てて否定する。そんな可愛い反応を見て、加絵は嬉しそうに笑う。

 あまりに瑞希が純粋無垢で、加絵は少し悪戯したくなったのだ。


「ごめんごめん、嘘だよ」


 瑞希はホッとしたように肩を撫でおろした。


「あのぉ~・・・ 加絵さん?」


「んっ? なに?」


 瑞希はさっき航平が手に取ったピンク色の花柄のレースの下着を手にした。


「航平はこういうのが好きなんですか?」


 加絵は少し驚いた表情を見せると、すぐに「そうなんじゃない?」と、笑みを浮かべた。


「そうですか・・・」


 その下着を見て思いつめた表情の瑞希。それは彼氏のために下着を選んでいる乙女の瞳だった。


「じゃあこれは、私からのプレゼント」と、加絵はそう言って、瑞希が持っていた下着を、他の下着と一緒に手に持った。


「えっ? でもそんなの!」


「いいの。これは大人になる瑞希ちゃんへ、私からのプレゼント」


 加絵はそう言って左目でウインクした。


「す、すいません・・・」


 瑞希はうれしそうに、そして恥ずかしそうに顔を赤らめる。


「航平、下着は選んだよ」


 加絵がそう航平に報告すると、「サンキュー。じゃあ、次は服を頼むわ」と、今度は服のチョイスを加絵に頼んだ。


「はいはい。じゃあ、次は服を選びに行こうか」


 加絵は瑞希を連れて店を出ると、数軒隣にある、今度は同じ系列の服屋に向かった。

 そこでも何着か選び、服は航平の意見も聞き、任務にも使えそうな動きやすい服も選んだ。


「瑞希ちゃん、このキャミソールはなかなかエッチだよ。サービスしとくね」


 加絵はレースの入った、大人っぽい黒いキャミソールを選んで服の中に一緒に入れる。


「えっ、エッチな?」と、瑞希は驚き顔を真っ赤にする。


「瑞希ちゃんはいちいちい反応が可愛いねぇ~」と、加絵は瑞希を抱き締めた。


「ちょっと、加絵さん?」


 無知な瑞希には加絵の意図はわからない。けど加絵には瑞希のことが手に取る様にわかっている。瑞希が知らず知らず航平に好かれようと、自分を可愛く見せようとしている気持ちを、加絵はちゃんと感じ取っていた。


 数着選んで航平は会計をする。私は外に出されていて、その金額はわからない。


「航平が、お金を払ってるんかな・・・?」


 瑞希は両手に下げたパンパンに膨れ上がった買い物袋を見て、お金の心配をする。

今日はかなりの量の服や下着、それに靴も買った。瑞希にとって今までに見たこともない買い物の量だ。やはりそれを見たら心配になる。


「加絵、遅くに悪かったな」と、航平。


「いいよ。店の売り上げになったし、こちらこそありがとう」と、加絵。


「ならよかった」


 加絵の利益にもなったと聞き、航平も安堵の笑みを浮かべる。


「うん。また飲みに行こうよ」


「そうやな。みんなで行くか」


「二人でも全然いいよ」


「おう、そうやな。それでもええぞ」


「はぁーっ・・・ 航平は相変わらずだね・・・」


「えっ? なに?」


「鈍感ってこと! こんなんじゃ瑞希ちゃんも苦労するわ」


「瑞希が? なんで?」


「もういいよ」


 航平はどういう意味で加絵が誘ったのか、まったくわかっていない。女心のわからない奴、加絵はそんな風に航平を見て呆れながらため息を吐いた。

 そんな二人を瑞希はじっと見ていた。航平はとても楽しそうに笑っている。

 親しげに話す二人を見て、瑞希の胸はぎゅっと痛くなり、締め付けられる。


「なんか、モヤモヤする・・・」


 瑞希は今感じていることを、思わず口に出してしまった。

 するとそんな瑞希のそばに加絵が笑顔で近付いてきて、耳元で囁く。


「瑞希ちゃん、あなた、航平に恋してるでしょ?」


「えっ!?」


 瑞希は真っ赤な顔して目を大きく見開く。


 瑞希には、恋とかよくわからないが、確かに航平に触れたいと思う自分がいる。航平と加絵の楽しそうに話す姿に、胸はぎゅっと痛くなる自分がいる。この変な感じが、恋というものなのか? 瑞希は加絵にそう言われて困惑する。


「早くそのことに気付かないと、私が航平を取っちゃうよ? まあ、気付いても負ける気はないけどね」


 加絵は瑞希に宣戦布告宣言をした。それは瑞希をちゃんと一人の女性として、ライバルとして認めた上での宣戦布告だ。


「今回は純粋無垢な女子高生ということで少し手を貸したけど、本当は私、敵に塩は送らないタイプなの。でも瑞希ちゃんがあまりにも可愛くて、今回だけは協力した」


「加絵さん・・・?」


「今回だけだぞ?」


 加絵はそう言って左目でウインクする。

 加絵は色々と高校生の瑞希でも似合う、少し大人っぽい下着と服を見繕った。女子高生が着てもいやらしさがなく、初々しいけど大人っぽいような、そんな男心をくすぐるようなものを。それで勝負しろと背中を押すように。

 加絵は瑞希のことを可愛いと言った。しかし瑞希には、加絵の方がよほど女性らしく魅力的に見える。整った顔、髪形、洋服、どれをとっても完璧だ。それに女性らしくて愛嬌もある。そして何より笑顔がすごく可愛い。自分に勝てる要素など一欠けらもない。瑞希は加絵を見て正直にそう思った。


「瑞希ちゃん、また来てね。話をするだけでもいいからさ」


「えっ? いいんですか?」


「もちろん」


 きっとここへはもう、来ることはないだろう。服を買うお金もないし、こんな街に遊びに来られる自由なんて瑞希にはない。けど、うれしかった、「また来てね」と言われたことが、また自分と話したいと思ってくれたことが。瑞希には本当にうれしかったのだ。だから瑞希はこう答えた、「はい、ありがとうございます」と。もう二度と、会うことのないだろう加絵に向けて。


「じゃあね、またのご来店をお待ちしております」


 加絵は手を振って瑞希たちを見送ってくれた。瑞希もそれに応える様に、何度も頭を下げた。

 なんだか淋しい。瑞希は加絵との別れにそんな感情を抱く。


「あいつ、ええ奴やろ?」


 航平は瑞希の気持ちを察したかのように、絶妙のタイミングで問い掛けてきた。


「うん、すごくやさしい人。そしてすごく可愛い人だった」


「まぁ、また遊びに行ったってくれや」


「そうだね、行ける日が来るといいね・・・」


 そこで二人は言葉を詰まらせる。航平もわかっている、瑞希が簡単にこんな場所に来れないことを、気軽に加絵に会いに行けないことを。

 二人はそこから、無言でしばらく歩き続けた。


 しばらく歩くと、重い空気を払拭するように、「飯でも食いに行くか?」と、航平が言葉を発した。二人の前には煌々と灯りを灯す飲食店が並んでいる。

 しかし瑞希は、そこへ向かって行こうとする航平の服の袖を掴み引き止めた。


「ねぇ?、航平」


「うん?」


 航平は瑞希の方を振り返る。


「この服のお金、どうしたの?」


「えっ? ああ、それなら心配するな。金なら梅沢から受け取ってる」


 嘘だ。梅沢が瑞希のためにお金なんて出すはずがない。せいぜい食費くらいだ。


「嘘だよね? あいつがこんなことにお金を出してくれるはずがない」


「ほんまや。おまえが心配することなんて何もない」


 航平は嘘が下手だ。どうやったって梅沢がお金を出すなんてありえない。だとしたらこのお金は航平の自腹だろう。瑞希は自分が下げている袋を見て、改めてその重さを感じる。航平が普段、一生懸命働いて稼いだお金。そんなお金で買ってくれた、このお服や靴の重みが。


「航平、私は何で返せばいい?」


「えっ?」


「お金はないから・・・ でもいつかいっぱい稼いで、必ず返す・・・」


 瑞希がそう言い掛けたところで、航平はその言葉を遮る様に、逆に言葉を発した。


「これは、これから俺たちがパートナーとしてやっていくための共同作業みたいなもんや。んっ? 共同作業・・・? なんか違う気がするような・・・ まぁ、とにかく気にするな。俺たちが二人で頑張るために必要なもの。遠慮はなしや」


「航平・・・」


「けど、しょっちゅうは無理やぞ、たまにな」


 そう言って笑みをこぼす航平に、瑞希も笑顔になった。


「体なら、すぐに返せるよ?」


「アホっ! しょうむないこと言うな!」


 航平は瑞希の髪の毛をくしゃくしゃと撫でる。瑞希は照れ臭そうに「えへへっ」と笑った。


「じゃあ、ラーメンでも食べて帰るか?」


「ラーメン?」


「おう。この先に旨いラーメン屋の屋台があったこと思い出した。そこへ行こう」


「屋台のラーメン屋・・・」


 航平が瑞希を連れて来たのは、車で移動しながら商売をする、昔ながらの中華そば屋さんだった。


「ここは・・・」


 屋台を見て何かに浸る様に、瑞希は呆然と立ち尽くす。


「ラーメン二つ。チャーシュー多めで」と、航平が大将に注文する。すると「はいよ!」と、威勢のいい返事が返って来た。


「このおじさん・・・ 間違いない。ここはみんなで来たラーメン屋だ・・・」


「瑞希、何してるんや? 早く座れ」


 瑞希は航平に促され、席に座った。


 数分経って、チャーシューたっぷり、熱々のラーメンが出て来た。


「さぁ、遠慮なく食え」と、航平が瑞希に勧める。


「うん・・・」


 瑞希は湯気の上がる出来立てのラーメンを前に、ぽろぽろと涙を流し始めた。


「瑞希? どうした? ラーメン嫌いやったか?」


 航平はそんな瑞希を見て慌てる。すると瑞希は「ちがう」という言葉の代わりに、首を横にブンブンと振った。


「じゃあ、どうした?」


 航平は食べていた箸を止め、瑞希の顔を覗き込む。すると瑞希はゆっくりと口を開いた。


「ここのラーメン、前に友達と一緒に食べたんだ・・・」


「友達?」


「うん・・・ 私と同じ、県警本部に囚われていた友達・・・」


 航平は現時点で瑞希以外にそんな子供がいることは聞いていなかった。ましてや瑞希と同じ年代の子がいたなんて。航平は思わず言葉を無くす。


「その子たちと一度、ここへ来てラーメンを食べたんだ。任務中に内緒でね」


「その子たちは、今どこに・・・?」


「ある任務中に、いなくなった・・・ 今もまだ、見つかっていない・・・」

「・・・誰か、誰か探してるんか?」


「ううん・・・ 私たちは本部の駒、探してなんてくれないよ・・・ いなくなっても変わりはいるから・・・」


「くそっ・・・」


 航平はその話を聞き、絶望と同時に、言いようのない怒りが込み上げてくる。


「だからね、私が探すんだ」


「えっ?」


「密売の潜入捜査をして、必ずみんなを探し出してみせる。たとえ、希望が薄くても・・・」


 これが瑞希たちの現実。行方不明になった時点で死が待っている。それは殺されるのか、秘密を表に出さない様に自ら死を選ぶか。これが瑞希たちの現実なのだ。


「ねぇ、航平・・・ みんな、無事かな・・・?」


 瑞希の表情に、何も答えられない航平。瑞希の抱えて来た辛さを思うと、簡単に何かを口に出来なかった。


「私だけ・・・私だけが助かって、こんな良い思いをしている・・・ これっていいのかな?」


 止めどなく流れる涙。瑞希は今の自分に負い目を感じていた。みんなが大変な思いをしているかもしれないっていうのに、自分だけ良い思いをしていると。

 しかし今、決して瑞希は良い思いなどしていない。これでも普通の生活とは程遠いのだ。しかし瑞希たち囚われの者としては、絶対に味わうことのできない幸せには間違いない。


「こんなの、だめだよね・・・」


 すると航平が瑞希の頭に手を乗せて、「いいに決まってるやろ! おまえはまだ子供や。たくさんの幸せを受ける権利がある。何も遠慮することない」と、言った。


「でも・・・」


「俺も一緒に探すから」


「えっ?」


「おまえの友達、俺も一緒に探すから。そして探し出したら、その子たちもいっぱい幸せにしたろう」


「航平・・・」


 瑞希は泣きながら、「うん、うん・・・」と頷いた。


 航平の言葉に救われた。一人だけ幸せな時間を過ごしている罪悪感で潰れそうになっている自分を救ってくれた。そして友達のことまで大切に思ってくれて、俺も探すと言ってくれた。そのことが瑞希にとって何よりもうれしかった。


「さぁ、冷めんうちに食え! まずは食って体力付けろ!」


「うん」


 瑞希は泣きながら、ラーメンを口いっぱいに頬張る。決意で胸が熱くなった勢いで。


「今度はみんなでラーメン、食べに来ような」と、航平。


「うん!」


 瑞希はまだ目頭に涙が残る状態で、満面の笑みを浮かべた。


 その夜、私はまた航平の横で眠りについた。そしてその時はスウェットの袖ではなく、航平の手を掴んでいた。このことは航平には内緒だ。


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