第二章 潜入捜査

 次の日、瑞希は梅沢に指示された通り、新しい任務先へと向かった。

そこは三宮の街中にそびえ立つビルの一角にある高級中華店、『梅香菜』。そこは古くから続く老舗で、地方や海外からも観光客が訪れる人気の有名中華店だ。そんな梅香菜に今、よからぬ噂が上がっている。麻薬の密売人が出入りしているとい噂だ。

 この中華店の最上階にはVIPルームがあり、政治家や官僚、大手企業の社長などVIP会員の客しか入れない特別な部屋がある。ここに密売人らしき怪しい人物が出入りしているというのだ。しかしここは内密な会議や交渉にも使われるため一般客はもちろん、スタッフでさえも限られた人間しか入ることができない。そのため警備も厳重で、ガードマンや監視カメラもしっかりと設備されている。よって麻薬密売犯の噂を嗅ぎ付けている警察も、政治家や、いろんなところからの圧力もあり、確たる証拠なしでは立ち入ることはできないのだ。そこで瑞希に任務が命じられた。アルバイトとして店内に潜入し、その事実を探って来いと。

 しかし新入りのアルバイトがVIPルームに入れるわけがない。そこは上手く従業員の目を盗んで捜査するしかない。そのための訓練も受けている。そして見つかった時の言い訳もちゃんと用意しているのだ。


「まずは面接か」 


 瑞希は面接を受けるため店の中に入って行く。そして従業員らしき女性に「すいません」と声を掛けた。


「バイトの面接に来たんですけど・・・」


「ああ、はい。ちょっと待ってね」


 今日、バイトの面接に来ることを知っていたのか、女性は瑞希に話し掛けられると、すぐさま店の奥へと誰かを呼びに行った。


 一人、店先に残された瑞希は、店内を見渡し、その建物の大きさに驚く。

 店内は何百人単位で収容できるほどの広いフロアと、二階くらいまではあるんじゃないだろうかという高い天井でできているとても広い空間だ。そして階ごとにもいくつか部屋があり、この最上階にVIPルームはある。


 瑞希が建物の大きさに圧倒されていると、「お待たせ」と、店長らしき人がやって来た。そして「面接やね?」と、瑞希に問い掛ける。

「はい」


「えーっと、川藤美和さん・・・やね?」


「はい」


 川藤美和。これは今回、瑞希が潜入捜査をするための偽名だ。


「話は聞いてます。今日からよろしくね」


「はい。よろしくお願いします!」


 店長は瑞希の履歴書を見るなりすぐに採用を決めた。まるで始めからここで働くことが決まっていたかのように。もしかしたら梅沢が事前に手をまわしていたのかもしれない。それならそれでいい、わずらわしい面接も受けなくていいのだから。


「早速、今日から働ける? 早く仕事覚えてもらいたいし」


「はい、大丈夫です」


「じゃあ美和さんはホール担当ね、よろしく。あとはさっきの女性、直美さんに仕事教わって」


「はい!」


 瑞希の配属場所はホールとなった。これも梅沢の仕業だろう。任務を遂行するにはうってつけの場所だ。


「えーっと、川藤美和さん?」


 するとさっきの従業員の女性が声を掛けて来た。


「は、はい!」


「私は山下直美です、あなたと同じホールの担当よ。よろしくね」


「花・・・ いや、川藤美和です、よろしくお願いします!」


 偽名はなかなか言い辛く、つい本名を言ってしまいそうになる瑞希。


「じゃあ早速、仕事を教えるね」


「はい、よろしくお願いします!」


「それと、美和ちゃんって呼んでいいかな? 呼びやすいし」


「は、はい」


 直美は瑞希より十歳くらい年上の、とても落ち着いた雰囲気の上品な女性、一言で言うと気品のある美人だ。それなのに笑顔がとてもやわらかく母性を感じる。瑞希はそんな直美さんに少しだけ母親の面影を重ねた。それはきっと直美の持つ包容力みたいなものだろう。瑞希はそんな母性に飢えていたのだ。


「美和ちゃんか・・・」


 普段、名前で呼ばれることのない瑞希。それを名前で、しかも「ちゃん」付けで呼んでくれるなんて。たとえ偽名だとしても、瑞希は少し嬉しかった。


 それから瑞希は直美に付き、ホールの仕事を教わった。直美の教え方は丁寧でわかりやすく、一週間経つ頃にはすべての仕事内容を完璧に習得していた。


「美和ちゃんは呑み込みが早いね?」


「いえ、直美さんが解りやすく教えてくださるからです」


「まぁ、嬉しいこと言ってくれる。そういう美和ちゃんには飴をあげよう」


「あっ、ありがとうございます!」


 飴を手に、笑顔を浮かべる瑞希。

 誰かに飴を貰うなんていつぶりだろう。瑞希はたった一粒の飴に満面の笑みを浮かべた。

 なんだかほんわかとしたこの時間。これが普通の暮らしなんだろうか? 楽しい・・・ こんな時間をずっと過ごしていたくなる。そう願ってしまう瑞希。

 瑞希はいつかはと憧れているこんな時間に、何もかも忘れて逃げ込みたくなってしまった。


「あっ、お客さんだよ」


「あっ、はい!」


 しかしそんな現実はまだ遠い。いつ届くかわからないこんな時間。

『今は任務に集中!』瑞希は自分の頬をパンパンと叩き、夢見てしまいそうな心を現実に戻した。


「いらっしゃいませ」


 そんな思いを胸の奥に仕舞い、瑞希は笑顔で接客に向かう。


 今日は土曜日、開店からぞくぞくと客が入って来て、店内は賑わっていた。見渡せば日本人だけじゃなく、外国人もたくさんいる。観光客で人気という噂は本当らしい。そこからは直美と話す時間もなく、瑞希はただひたすら業務をこなした。

 昼のランチの時間を終え、今度は夕食の時間帯に差し掛かった。ここに来てから一週間、VIPルームを使う政治家や大手企業の社長は何度か目にしたが、まだ怪しい人物は現れていない。

 瑞希の頭の中には一応、この店を利用する政治家や官僚、大手会社の社長の顔はすべて頭に入っている。付き添い人に知らない顔を見かけたりはしたが、それらが麻薬密売人とは考えにくい。未だこの店には密売人は現れてはいない。

そんな忙しく働いている中、また客が入って来た。


「いらっしゃいませ」


 入って来た客は三人。一人は黒いスーツ姿でインテリ風な品格のある紳士。そして二人目は、細身で柄シャツに黒いサングラスを掛けた、いかにもチンピラですと言わんばかりの男。そして三人目は、小太りで髭を生やした人相の悪い男。

 瑞希はその三人を見てピンときた。こいつ等は怪しい、密売人なんじゃないかと。

 もしインテリ風の男だけなら気付かなかったかもしれない。しかし他の二人が如何にも過ぎて、疑ってくださいと言わんばかりにも見える。


「こちらへどうぞ」


 直美が男たちに歩み寄ると、エレベーターへと誘導する。

 インテリ風の男は堂々としているのとは対照的に、細身の男は周りをキョロキョロとしながらエレベーターに乗り込む。そして三人は最上階まで上がって行った。

VIPルーム・・・ やっぱりだ、間違いない。と、確信する瑞希。

 まだ密売人という確証はないが、瑞希の勘がそうだと囁いている。いや瑞希じゃなくてもこれは気付くだろう、何故なら付き添いの二人が明らかにVIPルームを利用する風貌ではないからだ。

 VIPルームは全部で五つ、今使っているのは一部屋だけ。

瑞希は男たちの部屋を探し、隣の部屋に忍び込まなければならない。


「すいません、ちょっと御手洗に行ってきます」


 瑞希は他のホールスタッフにそう告げると、奥にある御手洗の方へと向かって行く。そして御手洗には入らず裏口の方へと進み、辺りを警戒しながら扉を開け外へと出た。


「ふぅーっ・・・」


 そして一つ息を吐き一呼吸置くと、制服のポケットから携帯を取り出し、どこかに電話をし始めた。


「こちら〇二九。先程、対象と思われる人物がVIPルームへと入って行きました」


「そうか」


 聞き慣れた、瑞希の大嫌いな声。電話の相手は金井だ。


「そいつ等の会話を確実に録音しろ、わかったな?」と、金井。


「はい」


「失敗すんなよ、ゴミクズ」


「はい」


 脅しのような口調で罵声を浴びせる金井。瑞希は携帯を握りしめながらぐっと堪え、「任務に戻ります」と言って電話を切った。

 金井の発言はいちいち腹が立つ。しかし今はそんなことを考えている時間はない。一秒だって無駄にはできないのだ。

瑞希は辺りを警戒しながら素早く店の中へと戻った。

 店内は満席になるくらいの大盛況。キッチンもホールも大忙しで従業員一人の行動なんていちいち気にしてはいない。瑞希にとっては好都合だ。それでも細心の注意を払い、瑞希はVIPルームへと向かう。まずは適当に高級な酒を一本手に取り、非常階段を上って行く。

 問題はここからだ。最上階まで上がったものの警備員のいるこのフロアで、どう監視の目を掻い潜り密売人の部屋を探し、その隣の部屋に入り込むか。防犯カメラは、堂々と歩いて働いている姿を見せていればいい。しかし警備員はそうはいかない。

 瑞希はゆっくりとドアノブを回し、フロアの状況を確認する。すると警備員が一人、こちらに背を向けて歩いている。


「よし、今や」


 警備員が背を向けたほんの数秒の間に、瑞希は素早くフロアに入り込み、足音を立てず一気にVIPルームまで向かった。VIPルームの前まで行くと警備員はいなくなる。それはここで大事な会議が行われている場合があるからだ。警備員とて何かない限りは部屋の前までは行けない。

 瑞希は一部屋一部屋、中に誰かいるか聞き耳を立てる。使用されている部屋は一つだったはずだが、まだ四部屋空いている。ということは、さっきの男たちはこの使用中の部屋に入ったことになる。

 先に来ていた客が取引相手? と、瑞希は考える。

三人組の男の前に入ったのは普通のサラリーマン風の男だった。まさかこの人物が麻薬密売人とは考えにくい。そう思った瑞希は、サラリーマン風の男をノーマークだった。しかしよく考えてみれば、サラリーマン風の男が一人でVIPルームなんて、ちょっとおかしい。

 瑞希は自分の見落としを反省しつつ、わかりやすいい三人組が来てくれてよかった。と、ホッとする。

 反省もそこそこに、瑞希は早速、男たちのすぐ隣の部屋に入り込んだ。そしてすかさず部屋の電気を点ける。もし突然、誰かに入って来られても、「間違えました」と誤魔化せるからだ。真っ暗の方が逆に怪しまれる。

 瑞希は男たちのいる部屋に隣接する壁へと向かうと、ポケットからコンクリートマイクを取り出し壁に当てた。もちろんICレコーダーも忘れずにセットする。

 すると男たちの会話がコンクリートマイクから繫がるイヤホンを通して聞こえてきた。


「すいません、今回はこれだけしか用意できませんでした」


「はい? 何でですか? 話が違いますよ」


 やはり三人組の男たちはここにいた。複数の男の声がする。

声の感じから、さっきの三人組とサラリーマン風の男、四人が部屋にいると推測できた。


「申し訳ありません。しかし私も取引しているのがあなた方だけではないのでね」


 男の声のトーンから、少し上からモノを言っているような態度が伺える。多分これは三人組とは違う、サラリーマン風の男の声だろう。

 『取引』という言葉に反応する瑞希。しかしまだ、『覚せい剤』とか『ヤク』といった単語は出て来ていない。覚せい剤の取引とは断定できない。


「なめんなよ、こらぁ!」


 すると男の怒鳴る声がした。想像から、これは細身のチンピラ風の男か、小太りの男だろう。瑞希は声のトーンから、勝手に細身の男と推測した。


「そうですか・・・ 私たちもなめられたもんですね・・・」


 この声はきっと黒いスーツのインテリ風の男。声の感じで、瑞希はまたも男を推測する。


「なっ、何を! 何の真似ですか?」


 すると上からモノを言っていた男が突然、怯えるように声を震わせた。


「何? 何が起こってるの?」


 何やら騒がしく、穏やかでない空気になり、怯える男の声に不安を感じる瑞希。

 男の怯えようから、三人組の男の誰かが、武器か何かを取り出した可能性が想像できる。ナイフ、それとも拳銃。


「島さん、何とか用意できませんかね?」


 この声は黒いスーツのインテリ風の男、サラリーマン風の男を脅していると推測する瑞希。


「そ、そんなこと言われても・・・」と、サラリーマン風の男。


「そうですか、じゃあ・・・」


 その時だ、黒いスーツのインテリ風の男の声と共に、カチッと銃の引き金を引くような音が聞こえた。 

 それは確かに聞き覚えのある、訓練の時に持たされた拳銃の引き金の音だった。


「まさか、拳銃・・・?」


瑞希の心に不安と緊張が走る。


 黒いスーツのインテリ風の男は拳銃を持っている。瑞希の中で迷いが生じる。ここで隣の部屋に踏み込んで行き、事態を収拾すべきか。そしてまずは銃刀法違反で逮捕すべきかと。しかし相手は成人男性三人に拳銃まで持っている。自分なんかが敵う相手ではない。それにまだ武器が拳銃だとは決まっていない、聞いたことある音とはいえ、絶対に拳銃という自信もない。そんな不確かな状況で突っ込んでもし違っていたら、任務自体がパァになる。

 それに瑞希は警察官ではない。男たちを逮捕はできないのだ。

瑞希は迷いと恐怖の中で葛藤する。無理もない、実戦経験の浅い、しかも女子高生なのだから。

瑞希が迷い、動けずにいると「ここで何してるんや!」と、突然部屋の扉が開いた。瑞希は悪さをしていて見つかった子供のように、体をビクッと飛び上がらせた。

「おまえは・・・ 新人アルバイトの川藤?」

 瑞希は、男たちが自分の存在に気付き、この部屋に来たのだと思い、「えっ!?」と声を漏らし、腰を抜かしたまま固まった。しかし扉の所に立っていたのは、まだ会ったことがなかった、このVIPルーム担当の男性従業員、水原だった。


「やっぱり川藤や。こんなところで何してるねん?」


 しかし水原は瑞希を知っているかのように話し掛けて来る。


「い、いや・・・」


 誤魔化す言葉はちゃんと用意していた、しかし驚いた拍子に全部吹っ飛んでしまった。しかし、逸らすように視線を横に移した時、酒の瓶が目に入る。


「ああっ、お、お酒を・・・ お酒を持って来たんです!」


 瑞希は咄嗟にそう答えた。


「酒?」


 なんとか用意していた言葉が出て来た。そしてすぐさま、その酒を水原に手渡す。


「そうやったんか。けど今日は使ってる部屋、隣やぞ」


「そ、そうなんですか? 誰もいないからおかしいなと思ったんですよ」


 瑞希の下手な嘘と、慌てぶりにも気付かず、水原は「まったく、しっかりしてくれよぉ・・・」と、呆れた表情を浮かべる。


 水原が呆れている隙に、瑞希はコンクリートマイクとICレコーダーをポケットの中にぐちゃぐちゃっと押し込んだ。


「けど川藤はVIP担当やないやろ? なんで頼まれたんや? それに酒なんか頼んだ覚えはないねんけどなぁ」


 痛いところを突かれた。VIPは代わりに誰かが持ってきていい場所ではない。ましてや瑞希のようなど新人に任されるわけがない。ここで追及されるとまずい。


「私の勘違いかもしれません。他の階のお客様に持って行くものだったのかも」


「他の?」


「は、はい。私まだ、ここのフロアをよくわかってなくて。ここはVIPのフロアなんですか?」


「そうや、最初に教えられんかったか?」


「えっ? え~っと・・・はい・・・」


 瑞希は心の中で、教えてもらった直美に「ごめんなさい」と、謝罪する。


「まぁええか。でもここは誰でも来てええ場所とちゃうから、今度から気を付けろよ」


「は、はい。すいませんでした!」


 水原は意外に軽い対応だった。瑞希はなんとか誤魔化せたと、ホッと肩を撫で下ろす。


「じゃあ、早く下のホールに戻って」


 水原は受け取った酒を再び瑞希に手渡すと、早く部屋から出るようにと促す。瑞希はお酒を受け取ると、「すいませんでした」と、部屋を出てから、もう一度、深く頭を下げた。水原は「いいよ」と軽く手を上げると、部屋の電気を消し、静かにVIPルームの扉を閉めた。

 水原は瑞希がここへ来てしまったことを、深く追求する気はないようだ。


「けど水原さん、なんで私の名前を知っていたんですか?」


 瑞希は咄嗟に水原の胸にある名札で名前を確認すると、自分がVIPルームにいることから話を遠ざけようと質問した。


「ああ、なんか一階のフロアにすごく覚えの良い、仕事が出来る新人が入って来たって聞いてな、この前、一階まで見に行ったんや」


「そうなんですか?」


「うん」


「なら声を掛けてくださればよかったのに」


「えっ? いやいやそんなん。仕事中やぞ? それにこんなおっさんが話しかけたらびっくりするやろ?」


「おっさんて、そんな風には全然見えませんよ」


 水原はまだ三十代手前の、若い成人男性だ。


「ええっ、そうか? 女子高生からしたら、俺なんかおっさんやろ?」


「いえ、とても頼りがいのあるお兄さんって感じです」


 瑞希は満面の笑みを水原に向け、そう言う。


「えっ? そ、そう?」


 水原は照れながら頭を掻き、嬉しそうに笑みを浮かべる。女子高生に笑顔でそんなことを言われ、恥ずかしかったのか、水原は瑞希の顔を見れずに目を背けた。

 この笑顔ややり取りも、一応、金井たちに教え込まれたものだ。難を乗り越えるための策としての。

 そんな話を笑顔でしながらVIPルームのフロアを後にする瑞希。しかし内心はかなり動揺していた。このままここを後にしていいのか、争いを止めなくてよかったのかと。

 相手の男はどうなったんだろう? 殺されてないだろうか? しかし自分が行ったところでどうにもならない、そんなことはわかっている。瑞希はなるべく外を騒がしくして、人がいますよということを男たちにアピールするのが精一杯だった。それで男たちが拳銃をぶっ放すのを躊躇ってくれればいいと。

 とにかくこのICレコーダーを金井に渡そう。後は金井たちに任せるしかない。瑞希はそう判断し、その場を離れた。

そう考えながらVIPルームのフロアを後にする瑞希を、隣の部屋から一人の男が扉を少し開け見ていた。それは三人組の男の一人、小太りの男。


「誰だ?」


部屋の中で椅子に腰かけている黒スーツ、インテリ風の男が小太りの男にそう問う。

「この階の男性スタッフと、子供? いや女子高生・・・ですかね? かなり若い女です」と、小太りの男が答える。


「女子高生?」


 インテリ風の男は、女子高生と聞いて眉間に皺を寄せる。


「はい。はっきりはわかりませんが、顔の感じが幼いかと・・・」


「女子高生ねぇ・・・」


小太りの男からの情報に、インテリ風の男はニヤリと口角を上げ、笑みを浮かべた。

 

 一階フロアに戻った瑞希は、「長いよ!」と、御手洗いの時間の長さで店長に怒られた。でもVIPルームに行ったことは知らないみたいだ。どうやら水原は、このことを店長には言わないでいてくれたようだ。


「すいませんでした!」


 瑞希は反省していることを前面に出すように深く頭を下げて謝る。そんな瑞希の猛省する姿にそれ以上は何も言えず、店長は「もういいよ。早くホールに戻って」と、やさしく声を掛けた。


「はい!」


 瑞希は急いでホールに戻り、業務を再開する。その様子を直美は心配そうに見ていた。

ホールに戻ると早速、瑞希はお客さんから声を掛けられた。


「お姉さん、ちょっといいかな?」


「あっ、はい!」


 瑞希は急いでそのお客さんの元へと駆け寄る。するとそこに座っていたのは、いつもとは違う、ちゃんとしたスーツを着た金井だった。


「お水、貰える?」


 金井は鋭い目つきで瑞希を見る。これはきっと、「早くICレコーダーをよこせ」という意味なんだろう。


「わかりました。少々お待ちください」


 瑞希は水を取りに戻ると、ウォーターポットの下にICレコーダーを添えて持ち、金井の元に戻った。


「お待たせしました」


 そして一度ウォーターポットをテーブルの上に置くフリをした時に、ICレコーダーだけをテーブルの上に置いて、そのまま何もなかったようにコップに水を注いだ。


「ありがとう」


 金井は心のこもっていない礼の言葉を言うと、そのICレコーダーをポケットの中に仕舞いこんだ。そして注ぎ込まれた水を一気に飲み干し、ゆっくりと立ち上がると、店から出て行った。

 金井は今からすぐにこれを確認して、証拠になりそうなら男たちを逮捕するために動くだろう。けど、その中には証拠となる内容はあまりない。強いて言うなら拳銃の引き金の音くらいだ。けどそれも確実ではない。

 たいした成果も得られぬままICレコーダーを手渡した瑞希は、とても不安な気持ちになった。


 それからしばらく経って、エレベーターから四人の男が降りて来た。それは最初に見たスーツ姿の男と、後から来たインテリ風の男が率いる三人組の男たち。拳銃を向けられたかもしれない男は生きていた。

瑞希はちらっと横目でそれを確認すると、ホッとしたように深い息を吐いた。正直、気が気ではなかった。もしあの後、スーツの男が撃たれていたかもと考えるだけで、背筋が冷たくなる。

 しかし拳銃を、または刃物を向けられたのは間違いないかもしれない。サラリーマン風の男は、三人組の男たちに怯えながらペコペコしているように見える。最初に会話を聞いた感じではもっと横柄な感じだった、それが今はこうだ。やはり武器のような物で脅されたのは間違いないだろう。

 やっぱりあいつらは普通じゃない。麻薬の密売人じゃないとしても、きっと何かあぶないことをしているには違いないと感じる瑞希。業務をこなしながら男たちの姿を目で追っていると、インテリ風の男が瑞希を見てニヤリと笑みを浮かべた。

 その表情に瑞希の心臓はビクッと飛び上がった。

 その笑みはなんとも不気味で、何かを見透かしているようだった。


 まさか気付いている? そんな不安が瑞希の脳裏に過り、全身から血の気が引く感覚を覚えた。

 瑞希を見て笑みを浮かべたのは一度だけ。その後、男たちは会計を済ませ店を出て行った。

 勘違いだったのだろうか? いや、確実に瑞希を見てニヤリと笑った。それは間違いない。

 瑞希はその笑みの恐怖で、しばらく心臓の鼓動が鳴り止まなかった。

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