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本部長室を出て、瑞希は自分の部屋である留置場へと戻っていた。
就寝時間になり留置場の中は真っ暗。廊下には避難口の灯りが灯されているだけだ。
明日は久しぶりに一人で行く任務。それにかなり難度の高い任務だ。
瑞希は少し緊張し、手が震えていた。
「みんな・・・」
瑞希は鉄格子の窓から夜空を眺め、みんなのことを考えていた。この前の任務で消息が不明となった琴美たち、三人の友達のことを。
瑞希にはこの警察本部で知り合った友達がいた。金子琴美、矢野涼香、矢野茉優。みんなそれぞれに何らかの理由、事情でここに集められた女の子たちだ。瑞希は任務を通して、みんなと仲良くなった。本当は、瑞希たちのような未成年の捜査員が接触することはまずない、何故ならばお互い敵同士の許へ潜入捜査を行っている場合があるからだ。顔見知りだと何かあった時に迷いが出るかもしれない、だからお互い知らない方がいい。それに変な仲間意識は捜査の邪魔になる。瑞希たちは警察官ではなく、警察本部のただの駒なのだから。余計な感情は不要なのだ。
しかしこの前行われた任務は今までとは少し違った。その時の任務は大きな麻薬密売組織を一斉摘発するというもので、瑞希たちは取引を行うと思われる互いの組織に潜入し、情報を掴むという任務を与えられた。二人ずつ、二手に分かれて互いの組織に潜入する。そして瑞希たちは上手く組織に取り入り、互いの組織の取引人として任命された。それは子供の方が警戒が薄れ、警察の目も誤魔化せるという組織の考えからだ。そして邪魔になれば殺すか、違う国へ売り飛ばせばいい。密売組織にとっても、子供は都合のいい駒だったのだ。
潜入捜査は順調に進んだ。互いの組織の受取人となった瑞希たちは組織としても連絡を取り合い、交渉を進め、取引日と場所もちゃんと決めた。後は当日、取引現場に警察が踏み込み密売人たちを確保する、それで瑞希たちの任務は終了、のはずだった。それが当日、何故か県警本部の捜査員が予定の時間より早く踏み込み始めたんだ。それで現場は大パニック、まだ現場に出て来ていない密売人たちもいて、捕らえられたのは二十人程度。半分以上を取り逃がしてしまうという失態となった。その時、瑞希は上手く現場から逃げ出せたが、琴美たちは逃げ出すことが出来ず姿を消した。あれから三週間、琴美たちからは何の連絡もない。
潜入捜査でこれほど連絡がないということは、きっと身元がばれて、もう殺されているか、どこかの国に売り飛ばされているか、そう考えるのが妥当だ。けど瑞希は信じていた、琴美たちはまだ生きていると。
瑞希が琴美たちと初めて顔を合わせたのは、この任務の計画が上がった半年前の本部長室だった。初めてみんなを見て瑞希が感じた印象。琴美は小柄で女の子っぽくて可愛らしい、守ってあげたくなるタイプ。涼香は身長が高くスタイルも良くて、まるでモデルさんみたいだと思った。そして茉優はまだ小学生だけど、眼鏡を掛けていたせいか、どこか大人っぽくて、しっかりしている感じに見えた。涼香と茉優は姉妹だった。それぞれ可愛らしく、笑顔が似合う女の子。とても何かを抱えているようには見えなかった、服装以外は。でもきっと、普段はこんな表情はしていないのだろう、今回は同じ年代の子たちに会えるということで、瑞希たちはどこか嬉しかったのだ。
この顔合わせから、瑞希たちの任務は始まった。正直、四人で楽しくおしゃべりって機会はほとんどなかったが、たまに任務中におしゃべりすることがとても楽しくて、何もない絶望の毎日を過ごす瑞希たちには、この時間が唯一の心の拠り所となっていたのだ。
瑞希はこの警察本部に来て四年、友達なんていなかった。いや、それ以前からも友達と呼べる存在はいなかったのだ。ここでは梅沢と金井以外、接触することはなかった、ここへ来る前に住み込みで働いていた食堂にも子供なんていなかった。そしてまだ父親の会社が上手く行っている時も、会社で働く従業員の子供が瑞希の顔色を窺って仲良くして来ていたけど、倒産し、借金を抱えた途端、手の平を返すように虐められた。瑞希には本当の友達なんていなかったのだ。けどここに来て、みんなと出会って、瑞希は本当の友達と出会えた気がしていた。立場とか環境とか、そんなもの全部抜きにして、心から解り合える友達に。
「みんなで食べたラーメン、美味しかったなぁ・・・」
瑞希たちは一度だけ、屋台のラーメン屋さんに入りラーメンを食べたことがある。捜査費をちょろまかして、時間がないから一〇分で急いで食べたチャーシュー大盛りのしょうゆラーメン。あの時のラーメンの味、みんなでしたおしゃべり、そしてみんなの笑顔、今でも瞼の裏に焼き付いている。
梅沢は言った。今度の任務でみんなの行方がわかるかもしれないと。
そこで瑞希は誓う。だったらどんなことだってやってやる。みんなを見つけるためなら、どんな任務だってやってみせると。またみんなと、美味しいしょうゆのラーメンを食べたいからと。
琴美たちは生きている。瑞希はその微かな希望を信じて、任務に向かうことを決めた。
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