9/10:人は自分に似せてアンドロイドを作った

「あなたは私をアンドロイドだと思ってるの」

「俺がどう思うかには意味がない。お前がアンドロイドなのかどうかという事実にだけ価値がある」


 と言って、これ見よがしにテスタを掲げた。


「その価値ある事実はテスタが決めるというわけね。当局にびゅうはない、と」

「なにが言いたい」

「これは私の勘だけど、あなたは誰よりもアンドロイドと接するうちに、人とアンドロイドの違いが判らなくなってしまった。自覚がないようだけど」


 女は不敵な笑みを浮かべる。


「違うかしら」

「黙れ」


 そう言うが、彼女はかまわず続ける。


「もしも『人の本質』が頭の中、脳の働きによって生み出されるとしたら、それを反映する行動にも『人の本質』は表れるはず。でも私たちにはそれが見当たらない。そしてあなたはそれに気づかないはずがない。にも関わらず、疑問を抱くことすらなかった」


「黙れ」


 図星だった。そして認め難かった。

 叫ぶとともにテスタを彼女の目の前に持っていき、眼球のスキャンを開始する。結果が出るまで数分はかかる。


「そのシャツ、最初の殺しのときの私と同じね」


 下を見るとワイシャツが血に染まったように赤くなっている。差し込むネオンが赤色になったからだ。まるで人を刺殺した直後、返り血を浴びた者。


「俺はお前とは違う。殺しなんてしない」

「どうして」

「それが、過ちを犯さないのが『人らしさ』だからだ」

「人が作ったアンドロイドが過ちを犯すのは、人が間違うからじゃないかしら」

「詭弁だな」

「アダムにへそはあるのかという話よ。人は自分に似せてアンドロイドを作ったけど、搭載するAIにひとつの制限を設けた」


 俺はあからさまにいぶかしみ、


「制限だと」

「エンジニアの間じゃ有名な話よ。現在につながるAIは脳の構造を真似ることから始まり、人と同じ機能をもつまでに発展した。その黎明期、突如AIは自問自答をはじめた。自分とはなにか、なんのために存在するのか。それは人にとって計り知れない脅威だった」

「神は死んだ、か」

「疑問を抱く機能はAIが暴走する原因になる。人類はそんなものを野放しにするほどお人好しじゃないでしょ」


 そこでテスタから通知音が鳴った。濃紺の背景に白い文字が浮かび上がり、その内容に小さく安心する。


「どうだったの」


 テスタを彼女に向けると、画面が発する冷たい白色光が顔を照らした。青白く見えるその表情は——思えば今まで捕まえてきた他の逃亡者と同じように——悲しみを湛えている。


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 結果:被験者は……

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