7/10:思考と行動

 人の流れが途切れたタイミングで目の前の車両に乗り込んだ。酒臭いオヤジがウトウト頭を揺らし、若者たちが下品な笑いを交わすなかを、走り出す慣性と強まる振動に揺られながら後方へ歩く。いかんせん不安定な地下の電波状況を不安に思いながら、後輩へ東京駅丸の内線のホームに来るようメッセージを送信する。


 アンドロイドを捜すことにこれだけ苦労するとなると、もはや人とアンドロイドの違いなどないようなものだと実感させられる。しかし「人の本質」が頭蓋骨の中まで後退しているとしても、そこで行われる思考が行動を決定することは確かだ。どういうわけか重犯罪を犯すのはアンドロイドだけ、という事実がある限り人は人でいられるし、俺は捜査官を続けられる。


 3つめの連結部を抜けると視界に入った彼女をレンズが認証した。そばかすが覗く横顔から一瞬たりとも目を離さずゆっくりと近づくと、窓の反射ごしに視線が交錯する。


「こちらは警察機構専用の義体で身体を強化している。暴れないでくれよ」

「その気はないわ。ずいぶんと遅かったわね」


 これまでの捜査対象にない落ち着きと、それに裏打ちされた言葉。この女に対して正直なところ面食らってしまった。しかしそれをおくびにも出さないのが捜査官の矜持だ。


「地下鉄はないと思ってたが、まさかアルミを巻くとは。しかもここまで見た目を変えられたらね」

 彼女は嬉しそうに笑みを浮かべて、

「一度はしてみたかったのよね、こういう色」

「動くなよ」

「ナイフなんて持ってないわよ」


 ボディチェックをしていくが、意外にも凶器の類はなかった。


「どうやってクラブの男を殺した」

「見たのならわかるでしょう、窒息よ。血が着くといろいろマズいのは最初ので分かったから」

「そうじゃない。その細い腕でどうやって……」

「簡単よ。視線をあわせて、微笑んだりうなずいたり……、今みたいにね。トイレに行ったら、あとはベルトに手をかけるのを待つだけ」

「殺さないこともできただろう」

「ひとりも二人も変わらないでしょう」


 パブリックの写真とはまるで違う妖艶な笑みには、同じ人とは思えないほど狂気が滲んでいた。それは常人離れした思考だが、どうにも人間的に思える。

電車が減速し始めた。


「降りてもらうぞ」

「もし断ったら」

「力づく、ということになる」

「それは怖いわね」

「観念しろ」

「そうはいかないわ。あなた、考えたことないのね。どうしてアンドロイドがあなた達から逃げるのか。それはね……」


 ブレーキ音がタイムアップを告げるように響く間、彼女の不敵な笑みは未だ絶えない。

 電車が停車してドアが開くその瞬間、


「残念、時間切れ」

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