5/10:それが人の本質でないのなら

 視野に表示した逃亡犯の写真を見つめるが、そこには殺人犯の狂気も、無機質なアンドロイドの不気味さも感じられない。


 もはやこの殺人アンドロイドが逃れられぬことは誰が見ても明らかだ。自身をネットに接続している限り、位置情報や見聞きしたものあらゆる情報が当局へ送信され、街中にある無数の監視カメラは彼を見つけようと躍起になっている。四面楚歌のこの状況で逃げきれるなど楽天が過ぎる。


 ネットに接続するワイヤードな存在であるという点で人もアンドロイドも変わりはなく、言ってしまえばどちらもネットに繋がれる肉塊だ。


 かたや脳と感覚器官、かたや電脳とセンサー。


 感覚そのものが「人の本質」でないという直感が正しいなら、「人が人である理由」は頭蓋骨の中まで後退していることになる。


 そんな状況にもかかわらず、我々は彼女を見つけられずにいた。パブリックによると事件直後からあの女はネットに繋がっていないアンワイヤード。人通りの多い大通りは死角が大すぎて監視カメラが機能せず、無数の裏通りの捜索は逃亡時間を与えるだけだ。現場から直行した後輩と合流したが、よほど走り回ったようでしばらく息を切らしていた。落ち着くのを待って状況を訊く。


「封鎖はできているのか」

「はい。やつはこの通りに必ずいます」

「地下鉄はどうだ」

「発見したのも改札です。人込みで見失いましたが……。改札で必ずひっかかります」

「匿われている可能性は」

「この辺りにやつの知り合いはいません。あるとすれば……人が入り乱れるクラブとか」

「……いくぞ」


 後輩と分担してクラブへ踏み込むと、重低音が厚い扉を貫通して聞こえる。なにか言いかけた黒服に警察官のIDを示すと押し黙った。


 肩を使って扉を開けるとスピーカーの振動そのものが足元から感じられた。DJの横ではフェイスペイントをした女がまるだしの胸を揺らして踊っている。その前を横切りながら、奇抜な恰好の若者で溢れるフロアに視線を向け、客の顔をコンタクトレンズで顔認証していくが、やはりいまいち機能しない。仕方なく諦めてトイレへ入った。下水の腐臭が充満し、天井から吊るされたLEDがわずかに揺れている。2つの個室の内ひとつには鍵がかけられており、ノックをしても反応がない。


 オーバードーズか、酔いつぶれただけか。あるいは。


 ドアを蹴破ると、ドアは何かにひっかかって止まった。手でゆっくりとドアを開けると、同じ角度でまた止まる。仕方なくドアのすき間から覗き込むと、便器に顔を突っ込んでいる若い男が見えた。ドアは男の足に引っ掛かっているようだ。うなじから一筋の血が流れているがそれ以外に外傷はなく、ただ顔を水に沈めているだけだった。


 アンワイヤード。

 捜索領域。

 首から出血した男。


 それらが頭の中でひとつに繋がり、頭の中のニューロンがやつの居場所をはじき出す。

 最寄り駅とそのダイヤを検索するとともに走り出した。銀座駅までは1分とかからないだろう。

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