4/10:ジャックダニエルはよく香る

「なあ刑事さん、東京の史上最高気温を知ってるかい」


 気を取り直した男はとびきりのジョーク、あるいはなぞなぞだと言いたげな顔だ。


「さあ」


 興味なさげに首を傾げる。グラスを口に着けると、アルコール臭に混ざって甘い香りが鼻を抜けた。


「6000度だとよ」


 と言って、男は大口を開けて笑った。不謹慎でどうしようもないそれをジョークだと思っているようだ。こんな男がアンドロイド相手とはいえ、よくもでかい口を利けたものだとため息をひとつついて立ち上がり、グラスを手にゆっくりと男に歩み寄る。


「あんたはその次を知ってるか」

「なんだと」

「東京の2番目の気温だよ」

 男は答える。

「知るかよ」

「こいつと同じ40度だよ」

 そう言って腕を振り、グラスの中身を顔にかけた。店内は一斉に静まり返り、男の顔は紅潮していく


 それからは一瞬だった。男は勢いよく立ちあがり、右腕をこちらに向ける。ありえない方向に曲がってパッカリと開いた手首の断面から出ているのは銃口だ。その腕をとって足を払い、うつぶせになった背中に膝をついて抑えこむ。腕は軋むほどにめ、熱伝導率以上に冷たい銃口は男の頭に押し付けている。これで少しは頭を冷やすだろう。一連の動作はプログラムされたように正確無比に実行された。


 やはり昔の話をしたがる老人にろくなやつはいない。それがワルさ自慢ならなおさらだ。


 義体手術での武装は捜査官にすら許可されておらず、我々は律儀に拳銃を腰に挿している。違法義体手術と公務執行妨害でパクってやろうかと思ったところで、唐突に視界の隅に通知が表示された。それは本部からのメッセージで、おなじみの合成音声がイヤホンから再生される。


「件のアンドロイドを新橋駅で発見。現在有楽町方面に逃走中。付近の捜査官は至急追跡せよ。繰り返す。件の……」


 ネットで有楽町までの経路を検索すると、所要時間は6分と表示された。


 もうこの店に来ることはできないな。


 相変わらず寡黙なマスターを一瞥し、グラスにわずかに残った茶色い液体を惜しむように舌にのせてから銀座駅へ向かった。

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