3/10:神は自分に似せて人を作った
そんな
今日も例外ではなく、売人が異常に痩せた
あの売人のような社会のはぐれ者は眼を見るだけで警察官を見分けられるらしく、その点アンドロイド捜査官である俺たちと同じであり、少し優れている。
ジャンキーの浮き出た背骨を後目に、薄汚れた酒場のドアを開ける。客たちの視線が一斉に向けられたが、見知った顔だとわかるとすぐに元に戻った。これもアンドロイドという存在が生んだ習慣で、重犯罪を犯すアンドロイドへの憎しみはここまで大きいのかといつも驚かされる。見たってアンドロイドかどうかわかりゃしないのに。
「いらっしゃいませ」
「いつものを。……ロックで」
「かしこまりました」
ここのマスターはこの手の商売人としては寡黙すぎるきらいがあるが、今日のような日にはぴったりだ。なにも語らず黙々と酒を飲んで頭の中を整理できる。
しかし、それは客にも当てはまるとは限らない。
「おたく、もしかして刑事さんかい」
「ええ、まあ」
「やっぱりそうか。おれも昔はけっこうなワルだったんでね、刑事は眼をみただけでわかるんだよ」
カウンター席2つとなりに座る50代の見慣れない男が目を指さして言う。静かなバーに似合わない大ジョッキには透明な安酒が入っている。
「おたくらもアンドロイドを眼で見つけるんだろう」
「見ただけじゃ分からないですけどね。最近のやつらの眼はオーガニクスを応用したよくできたもので、テスターを使わないとまず分からない」
「そうかぁ。アンドロイドのやろうを見つけるのも大変なんだな」
そう言うと彼は口元からこぼれるのもかまわずジョッキをあおった。
義体やアンドロイドに革新を起こした技術体系。それ以前の金属からなる義体やアンドロイドは過重量や人体への悪影響などの問題があった。炭素素材の骨格や遺伝子改変豚から収穫される人体など、あらゆる有機素材を利用することでこの問題を解決したのがオーガニクスだ。
この技術を用いて製造されたアンドロイドは公的にはバイオロイドを呼ばれ、これに対応して金属塊のほうをメタロイドと呼ぶようになった。メタロイドは戦闘用にのみ製造され、一般の目にふれることはほとんどない。
我々捜査官の任はもっぱら逃亡犯を捜索してアンドロイドかテストすること、そしてその場合の回収委員会への引き渡しだ。逃亡犯が人間の場合はほとんどなく、故にアンドロイド捜査官と呼ばれている。
オーガニクスによって、バイオロイドと人間のハード的相違点は情報処理を行う部位の素材と各種感覚センサーを除いて存在しない。アンドロイドに搭載された思考ソフトウェアすら脳内のニューラルネットワークを模倣したものだ。そういうわけで、捜査官はテスターを用いなければそれが本当の眼なのか生体部品で覆われたカメラなのか、つまり目の前の肉塊が人間なのかバイオロイドなのかを区別できない。
「アンドロイドの野郎ども、さも人間みてえにうろついてやがると思うとムカついてくるぜ」
それは人類が抱く焦燥のように聞こえた。
アンドロイドが生まれる前は楽だった。火、道具を作るための道具、言語、直立二足歩行、etc...。これらを濫用することで、人は「霊長」とか「サピエンス」とかいって、自分たちは特別だと信じることができた。
神は自分に似せて人を作った。人もまた同じだったが、似せ過ぎてしまったのかもしれない。我々は水をぶどう酒にはできないし、水の上を歩けない。しかし我々にできてアンドロイドにできないことは、もはや残されていない。
「なあ刑事さん、東京の史上最高気温を知ってるかい」
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