道化病

影迷彩

──

暗く陰鬱とした雰囲気の直実刑事は、自分とは反対に頬を緩ませニヤニヤしている新井容疑者に対面する。

 場所は取調室。直実刑事は尋問を行っている。


 「新井さん、アナタはその大通りで昼の12時、同僚の女性を背中からナイフで突き刺し、彼女を道に押し倒して身体中をナイフで刻みつける、ナイフの柄で顔面を叩き潰す……などなど暴行を行った後、鞄を奪って逃走。間違いはないですか?」


 「ンフフフ、全然間違ってないですね」


 直実刑事は淡々とファイルを読み上げる。今じゃ珍しくない事件であり、そして今も笑い続けている新井容疑者のような相手には憤りも何も湧かない。

 道化病。詳しい内容はよく分からないが、いきなり頬と理性が緩む病気と言っている。つまり、この男のようになるという病気だ。何十年か前から発生したとされ、年に数十件ほど新井のような犯罪者を増やし続けている。


 「あぁ何だ、申し開きとかあるか?」


 直実刑事は無表情な顔に頬杖をつき、新井容疑者の目を見る。


 「ンフフフ……いや突然ですね、目の前に同僚がいましたらね……何だかこう、頭がフワッとしまして……あの背中をナイフで突き刺したらどんな感触がするのかなと思って……気がついたら、グチャグチャになったあの女がいまして……慌てて鞄を持って逃げちゃってね……ンフフフ」


 口角をあげ、ニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべ続ける新井容疑者から目を離し、直美刑事は疲れて顔を俯かせる。


 「そうか……前からそんなことを考えてたりするか?」


 「……確かに俺とアイツが仲悪いのは認めますよ。ですが本当に、誓って今日いきなりですよアハハ、ハハ!」


 新井容疑者はけたましく笑い声をあげる。見続ければこちらの目が眩むような様子に、直実刑事は目を向けず席を立った。


 「カルテはあとで作る。今日からしばらくこの施設で寝て過ごせ」


 「あぁハイハイ、アハハ、ハハ!」


 直美刑事はタバコを吸いながら門を歩いて出た。直実刑事の所属しているこの警察署は病院としての施設機能もあり、道化病の治療も行える。

 たくっ……と直実刑事は舌打ちをし、疲弊した体調を引きずるように自宅のアパートへ戻った。


 「はぁ……あのノリに合わせるのはキツいぜ」


 アルコール度数の低い缶酒を飲みながら、直実刑事はあぐらをかいてTVを見て夜を過ごす。

 TVには臨時ニュースで、さっきまで話していた新井容疑者の他にも、2人の道化病患者とされる人物の犯行がアナウンサーに読み上げられていた。

 猥褻、強盗、辻斬り、嘔吐ぶっかけ、内臓を散らかす……様々な事件の様子が、VTRによっても説明される。


 「何が楽しいのかね、こんなの」


 早く社会が真に平和になればなぁ。そんなことを直実刑事は酔いながら思い、寝落ちした。


 直実刑事は遅刻しそうになりながらも、何とか出勤時間ギリギリに門をくぐった。


 「おっそいぞ、直実。今日の朝は大事なあれだろ」


 同僚の七戝刑事は、のんびりした表情で直実刑事を咎める。


 「悪い、道化病を考えたら寝坊しちまった」


 「しっかりしやがれ。あんなん考えたって頭が痛くなるだけさ」


 「でもよ、俺たちはあんな憎々しいとか、派手派手しいとか、そんなこと思わねぇだろ。どうして道化病にかかって動きたいのか、よう分からんぞ」


 そう言いながらあくびする直実刑事の隣で、七戝刑事はため息をついて直実刑事の肩を叩く。


 「そんなこと、これからの弁明に聞けばいいさ



 ──「おい、何をする気だ!!? やめろっ!!」


 白いベッドの上で、新井容疑者は手足を拘束され寝かされていた。


 「何するって、治療するのさ」


 七戝刑事はとぼけた口調で答え、直実刑事と共にベッドの脇に立つ。


 「治療だと!!? カウセリングだけと聞いたぞ、患者をベッドに縛るなんて!!」


 直実刑事は息を大きくハァッと吐き、新井容疑者の顔を覗きこむ。


 「患者も何も、アナタ最初から道化病じゃないでしょ」


 「なっ!!?」


 激昂し、見開いた新井容疑者の目が丸くなる。


 「そんな驚かなくたって、あんな棒演技なんか誰でもお見通しですって」


 「……だ、だからって道化病に何をする気なんだ、ここは!!?」


 新井容疑者の顔は恐怖で歪み、身体をジタバタと暴れさせる。


 「だから治療ですって。薬や催眠、脳組織の改良などで犯罪を犯したくなる気持ちを消します」


 七戝刑事は頭をかきながら答える。


 「なんじゃそりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! 人道に反してるだろテメェらぁぁぁぁ!!!」


 「アナタが言う台詞ですかねぇそれ……まぁ今日はたまたま寄り道しただけなので、あとはスタッフに任せます」


 直実と七戝は離れ、顔をしわくちゃに歪ませる新井容疑者の脇に医療ドローンが待機した。


 「やめろ、やめてくれ……俺が悪かった……やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 新井容疑者の絶叫を後にし、直実と七戝は続いて治療者の様子を確認しに施設内を歩く


 「道化病。こんな嘘っぱちに、今までどれだけの人間が引っ張られんかね


 「凶悪犯罪者、危険人物、反社会思想、突発的犯行欲求……そんな人間が引っ張られ、後に健全な社会を残していくんですよね」


 直実刑事は治療室の受付と話をし、七戝刑事の元へ戻る。


 「この前あげた容疑者、残念だが頭がぶちギレて死んだらしい」


 「ありゃりゃ、今日あと見回りだけか? 退屈だなぁ」


 直実と七戝は悲しみも後悔も感じないまま、門へと足を向かわせる。


 「さっきの話、そんなやべぇ奴らを間引いたら、後に残るのは俺らみたいな人なんかね」


 「俺ら?」


 「例えば今、お前の頭を銃で撃ったとする」


 直実刑事は七戝刑事のこめかみに人差し指を突きつける。


 「それを想像しても、興奮とかしねぇんだわ」


 「それが普通じゃねぇの?」


 「……道化病に踊らされ、年々犯罪者が増えている。もしかしたら誰の心にも、道化病は潜んでるかもしれねぇ」


 「いやいや、そりゃねぇだろ。俺らが間違ってるとか?」


 七戝刑事はやれやれと肩をすくめる。


 「さっきの奴らとか、実質俺らが殺してるかもしれねぇよな」


 「まぁそうだな」


 「それに何も感じねぇ。正義とか悪のセンターラインが共感できねぇんだわ。俺らはあぁいう行為、自分の行いに何にも感じねぇ」


 「いいんじゃねぇか? それが犯罪予備郡すら無くす平和な社会の在り方っていうならよ」


 二人は無表情のまま門を抜け、疑心暗鬼な社会の見回りを開始した。

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道化病 影迷彩 @kagenin0013

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