シールの輪 2

 僕が自分の席でクラスメイトの天使の輪を眺めていると後ろからいきなり話しかけられた。「何しているの?」僕は驚いて体をびくつかせる。後ろを見るとそこには一年生の時も同じクラスだった山中さんがいた。「何もしてないよ。ただぼーっとしてただけだよ。」僕は動揺を隠しながら答える。「なんか見てるのかと思った。」そういうと山中さん自分の席に戻っていった。僕は山中さんも気まずい空気に耐えられなくて僕に話しかけたんだろうと思うと同時に、僕の動揺が山中さんに伝わってないといいなと思った。

 僕の感情はいつも内側に隠れて出てこない。いや、出られない。天使の輪を見ているところにいきなり背後から話しかけられても多分僕は体をびくつかせて驚いてもいつもの僕なら動揺はさほどしないだろう。だが、動揺してしまった。それは話しかけられたからではなく、山中さんの輪がおかしかったからだ。おかしいといっても表示バグのようになっているとか、まがまがしいオーラをまとっているとかではない。ただシールがべったりと貼り付けられていたのだ。それも一枚や二枚なんてもんじゃない。天使の輪が半分以上見えなくなるほどに張られていたのだ。

 僕は今まで見たことのない輪に驚き、動揺してしまった。僕は動揺した心を落ち着かせるため、深呼吸をする。そして外の景色を見て、落ち着いた心を平常心へと戻す。

 僕は考える。なぜ山中さんの輪はあんなにシールが貼られているのか、どうしてほかの人とは違うものなのかと。山中さんは別にシールが好きなわけではないと思う。むしろ山中さんはシンプルなものが好きなはずだ。無地の筆箱に、装飾や絵が描かれていない、単色のボールペンやシャーペンを愛用しているし、一度だけ見たことのあるスマホケースは透明なものを使っていたはずだ。もしシールが好きならばスマホケースや筆箱はシールで飾りつけされているだろう。

 僕は考えても仕方ないので、とりあえず今日はいつも通り静かに過ごそうと心に決心した。しかし、一度気になるとどうしても見てしまうし、ほかの輪と違いシールの張られた、少し変な輪にどうしても目が行ってしまう。あまり堂々と見ていると周りから不審に思われるので、チラ見をする程度に抑えてはいたが、それでも2、3回山中さんとは目が合ってしまった。


 午前の授業が終わり、僕は弁当箱をもって教室をでる。そして階段横の少し奥にあるエレベーターに乗り、屋上の踊場へと向かう。ここは僕の秘密の場所だ。本来であれば屋上へは立ち入り禁止であるし、もちろん踊り場にも入ってはいけない。そのために屋上へと続く階段には黒と黄のロープが張られている。だから誰も行こうとしないし、行くことができない。だが、僕が一年生の頃に見つけたエレベーターで行く方法なら先生に怒られることもなく屋上へと行くことができる。

 僕一人で昼ご飯を食べるのであれば別に教室で食べてもいい。教室で食べていれば誰かしらが話しかけてくるし、もし話しかけられなくてもスマホをいじりながら食べればいいだけの話だ。昼ご飯を食べる以外に理由があるから僕はここへ毎日のように来るのだ。

 僕がエレベーターを降り、屋上へとつながる扉の方へと歩いていくと、いつもの通りそこには海君がいる。「海君、お待たせ。久しぶり」と僕は挨拶をする。海君は読んでいた本から僕に目線を移す。「久しぶり」と一言僕に言う。ゴールデンウィークを挟んでいたため一週間以上会うことができなかったが、僕と彼の間には気まずいのKの字もないくらいのいつも通りの空気が流れる。

 僕は彼の隣に座り、お弁当箱を広げる。「何の本読んでるの?」僕は質問する。「村上春樹だよ」そういうと彼は僕に表紙を見せてくれた。「もしかして、英語で書かれてるの?」僕は少し苦そうな顔で聞く。「そうだよ」と彼は答え、僕の顔はものすごく苦そうな顔になった。

 僕が毎日のようにこの場所に通うのは海君と話すためである。僕の感情が

 唯一隠れずに出てくる話し相手。不思議なことに彼には何でも話してしまう。別に彼が根掘り葉掘り聞いてくるわけでも、メンタリストのように僕に話させるよう仕向けているわけでもないがなぜか話してしまう。僕のことをこの学校の誰よりも知っているのは海君なのだ。

 僕は天使の輪のことを話した。海君は僕よりも博識で、冷静で、おそらくこの学校の誰よりも頭がいいと思う。もちろん先生を含めた誰よりも。


「でさ、クラスメイトの山中さんだけ変な輪を頭に載せているんだよ。」と僕は言う。「どんな風に変なの?」海君は僕に聞く。「輪の半分以上がいろんなシールで貼られているんだよ」と僕はその質問を待ってましたと言わんばかりに食い気味に答える。「シールってどんな?」と彼は聞き、僕は少し困った顔をする。「どんなって。ちょっと待って思い出すから」と僕言って、少し考え、どんなシールだったかを思い出そうとする。しかし、一向に思い出せる気がしない。「ごめん、思い出せないや。」僕は彼に言う。「思い出せないなら仕方ないね。明日にでも教えてよ。」といつもの優しいトーンで言う。「海君がこんなに興味津々なの珍しいね。もしかして、何かわかりそうなの?」と僕は聞く。「うーん、わかりそうだけど今すぐに教えるのにはまだ早い気がするし、こういう謎みたいなのって考えてる過程が面白いと思わない?」と僕に言う。確かにと思い僕は「じゃあ、明日までに二人で仮説を立てあおう。」と僕は提案をした。もちろん海君は「いいよ」と提案に乗ってきた。「あ、けど海君はどんなシールなのかを僕が言わないとわからないのか。」と自分の提案の不公正さに気が付いてしまった。すると海君は「大丈夫だよ、気にしないで。明日のお昼の最初に教えてくれれば、お昼ご飯でも食べながら考えるから。」と僕にそういった。僕は「じゃあ、放課後にでもどんなシールだったのかメッセージを送るよ。そしたら海君も考える時間が増えるでしょ。」と海君に言いながら、お弁当箱を片付け始めた。かたずけ終わると同時くらいに予鈴が鳴った。僕は「じゃ、また明日ね」といいてエレベーターに乗って自分の教室へと向かい、海君はまた本を読み始めた。

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