第5話 贈り物
結婚してもうすぐ2年。
新婚の感覚がなくなってもいい頃ですが、私の想いはあの頃のままです。
生まれつき身体が弱かった私。
それでも就職することはできました。
そしてあなたと出会えました。
----
難病ではないものの、私は完治が難しい病気を持っている。
とは言え、生まれつきなのでリスクを背負いながら生きることには慣れている。
それでも…
「入社して2年も経つのに慣れないなぁ…」
たまに発作のようにくる体調不良とは上手く付き合ってるけど、仕事には全然慣れない。
部活もバイトもして来なかったから体力がないし、社会の厳しさに直面しています。
それでもお腹は空くのでいつもの会社の食堂に来ています。
…もちろん家事も苦手です。食べるのは好きですけど。
(特に趣味もないから、仕事のご褒美は美味しいご飯なんだよねぇ)
ここの社食が美味しいことを良いことにお弁当を作ったことはなかった私。
今では結果オーライと言えなくもないですね。
「すいません、隣いいですか?…もしもーし!」
仲がいい同僚もいないので、自分の事とは思わず1度はスルーしたのですが、やはり私に向けての言葉でした。
「はい⁉」
人見知りで怖がりな私は緊張から声が大きくなり、周りの目線をひとり占めしていることに気付き下を向きました。
もう無視はできないので、どうぞと一言告げて緊張に襲われます。
「仕事のことで伝えることがあったんですけど、声かけるタイミングが分からなくて…」
その人は今度異動でうちの部署に来るらしい。
その最初の仕事で私とチームになるので連絡事項を伝えたかった時に、ちょうど見かけたらしい。
漫画ならここから恋愛に…!!と期待しそうになった自分を一喝し、仕事の話をしてその場は終了。
過度な期待は心に毒ですね。
----
(とか思ってたけど、そこから結婚まで行っちゃうんだから本人が1番ビックリしてるのよねぇ。あの時は、全然仕事できなかった私なんかがどうしてチームに選ばれたか不思議だったけど…物好きなあなたが私を参加させるように根回ししてたなんてね。)
主人は1つ先輩で、チームのリーダーを任されていました。
私の入社式にも参加しており、遅刻しそうだった私を席まで案内してくれていたんです。
そこから気になっていたとかなんとか。
同じチームで仕事ができたことで、付き合うようになりました。
ここまでは良かったんですけど…実は別れそうにもなったんです。
----
「ごめん、明日の予定だけどキャンセルでお願い」
病気で体調が悪くなるとできるだけ休むようにしてるけど、彼にはまだ病気のことは伝えていない。
説明しても理解してくれる人なんかいなかった。
というより説明することも難しい。
感覚としか言いようがないからだ。
多少の無理ならできる時もあるけど、これ以上は大きく崩れてしまうというのが長年の経験でわかるようになっていた。
せっかく彼と出かける予定だったのに渋々キャンセルです。
そんなことが何度も続きながら、付き合って2年近くが経ちました。
そんなある日のこと。
「もし俺と一緒にいるのが嫌なら言ってほしい。
俺が原因なら変える努力をするし、他の男が良いんなら身を引く!」
急な言葉。別れを感じさせる言葉。
私にはこの言葉を向けられる理由が分からない。いや、分かろうとしたくない。
間違いなく私のドタキャンに違和感を覚えているからだ。
「嫌なんて思ってないよ…!」
「ならどうして何度も前日に予定のキャンセルをするの?
それ自体を怒ってるわけじゃない。けど君は1度もハッキリとした理由を言わないじゃないか!」
私は今まで人と深い繋がりがなかった。
この人が私に向けた好意に甘えすぎていたんだと知った。
「…少し疲れが溜まって体調悪かっただけだよ」
嘘じゃない。私はHSPも持っている。
これは病気ではなくても、日常生活で他の人よりも精神的負荷を背負いやすいからだ。
「君は何かを隠してる」
この人は自分勝手だ。
普段は周りを優先するのに、こんな時だけ強気に詰め寄ってくる。
病気の話をしたって分かってもらえない。
むしろ話したら離れていく。
「ちゃんと話してよ。大切な人の気持ちを聞かずに終わるのは嫌なんだ…」
この時はこの言葉の意味を考えることができなかった。
ただ、どうせ終わるなら話してみようと思った。
先天的な身体のこと。それを伝えたくなかったこと。私が隠し通そうと思っていたことを開き直って話してみた。
もっと早く話せばよかった。
だってあなたはこんなにも笑顔で受け入れてくれたんだから。
----
あの時はもう最後なんだって思ったのに、あなたは私の体調に合わせたデートを計画するようになったよね。
そのおかげでそれまでとは違う思い出がたくさんできた。
あの後にあなたが話してくれたことが、それからの私を変えてくれた。
主人は高校の頃に父親を亡くしていた。
凄く仲が良くて、同じ夢を追いかけていたらしい。
そんな尊敬する父親からたった1つだけ聞けなかったことがあるらしい。
あの時の言葉は彼がずっと抱いてきた言葉だったんだ。
私と2人だけの生き方を選んでくれたあなた。
けど私は仕事も頑張ってみたかったし、あなたも忙しかった。
だから結婚までは少し遠かったけど、2人で過ごす時間はすごく尊いものになったよね。
婚姻届けを出しに行った日、結婚したって嬉しさとは別に私には忘れられない日になった。
----
「嬉しいとは思うけどさ…紙出しただけだと実感湧かないね」
「分かる!けど、それでいいんじゃない?
自然なままが俺たちにはちょうどいい」
結婚なんて肩書だと思うし、関係性は変わるとしても紙を提出しただけじゃ特に変化はない。
この後の予定もないからウィンドウショッピングをすることに。
「夢ってみんな持ってるじゃん?
けど叶うことってないんだよね」
彼は突然そんな暗い話を始めた。
「将来とか未来って言葉を人は使うけどさ、人が持ってるのは過去と今だけなんだよ。未来っていうのは言葉でしかない」
「急にどうしたの…?」
こんなことを急に言われても、意図を読み解くなんて私にはできない。
「ということで、これからの2人の人生を1つにするために時計を買おう!」
唐突すぎるしいろんな意味で意味が分からない!
「急にどうしたの?」
半笑いで私は聞き返すけど、彼は真剣そのもの。
「お揃いのものを買っても、それに込める想いって人それぞれだと思う。だから逆に考えることにした。
同じものを持ったりするんじゃなくて、同じ時の中で一緒に過ごそう」
乙女な私は今までのどの言葉よりもキュンとした。
「せっかく買ったのに値段が444って…縁起悪い」
「4が縁起が悪いって考えは良くない。
4が並ぶってことは幸せなんだから。4(し)が合わさって幸せ」
主人は口が上手い。いやこれはただのおやじギャグだ。
大きな掛け時計。これからの私たちの時間を1つの時間で刻んでくれるもの。
日付とか曜日も分かったり、いろいろ機能が付いてるみたいだけど私はよくわからない。
帰ってすぐ使うと思ったら、自分の部屋に持っていた主人。
…機械とか細工とか好きだから、良い風に言って趣味の買い物をさせられた。
----
まぁあの後数日してたらちゃんと使うようになって、今でもちゃんと動いてくれてるけどね。
「この子の時間もちゃんと刻んでもらわないとね」
今の私のお腹には命がある。
もうすぐ生まれるけど、まだ名前は決まってない。
なかなか決めれずにいる。
時間が戻せるなら幸せなのにねぇ。
----
結婚して1年が過ぎ、七夕の季節。
妊娠が分かり、2人とも少しだけ浮かれている。
せっかくの七夕だからということで、織姫と彦星になろうと主人が提案してきたので外で久しぶりに外で待ち合わせをすることになっている。
(同じ家に住んでるのに外で待ち合わせって…)
主人はたまに童心に火がつく。
それはいいんだけど、火が炎にまでなっちゃうから困る。
(サプライズとかを考えるのに夢中で時間忘れてないといいけど)
先に着いた私はのんびり主人を待っている。
そんな時に携帯が鳴る。
(…お義母さん?)
主人の母からの電話だった。
事故に遭って病院に搬送されたらしい。
向かう途中に、もしかしたら大がかりなサプライズかもしれないと自分に言い聞かせて落ち着こうとした。
けどそこまでの奇跡は起きてくれなかった。
道路に飛び出した子どもを助けて車に轢かれたらしい。
ここで終わりなんて絶対に嫌だ。
あの人ならきっと目を覚ます。
いつだって笑顔で隣にいてくれたんだから、今度もきっと大丈夫---
----
きっと出会えたことが最大の奇跡だったんだよね。
2回目の奇跡はなかった。
主人は去年の七夕の日に亡くなった。
織姫と彦星はもう一生会えなくなった。
何を恨めるわけでもない。
ただ1回の奇跡がなければ彼は死なずに済んだ。
ただの1回の奇跡がなければ私は彼と出会えなかった。
だから私はその1回の奇跡に感謝することにした。
子どもを育てないとってわかってはいても、正直育てられるか自信がなくて産むか迷ってた。
そんな時にお義母さんからあなたの話を聞いた。
お義父さんがなくなってからの辛い日々から抜け出せたのは笑顔だった。
辛いのを隠すためじゃなく、これからを明るくするために笑ってたあなた。
この時計が私とあなたの時間を刻んでくれるのなら、きっとこれから先も大丈夫。
って言ったら、また未来なんてないって言われちゃうかな。
今日は4月4日
夕方の4時になった頃、時計がなる
今までなったことがない時間だった
時計に目をやると動きがいつもと違う
そして1枚のメモが見えた
それは主人が私に書いた手紙
私への気持ちが書かれている
『優未』
主人は女の子が良いと言っていた
そして名前も決めていた
この子の名前は優未(ゆみ)
優しい未来が訪れるように
「なぁんだ…あなたは、誰よりも未来を夢見てたんじゃない」
幸せな時に、時計は3人の命を刻み始めた
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます