第3話
「うわ、まぶしっ」
ドアの向こうからの強い光を浴びて俺は腕で光をさえぎった。
「昼?」
ドアの向こうはリバーススクエアの中で大型ショッピングモールのようだった。地上と違うのは歩いているのが獣人であることくらいだ。
天井には蛍光灯が張り巡らされていて辺り一面を朝かと錯覚するほど煌々と照らしていた。
獣人の街を周ろうとと足を踏み出したらズボンの裾を新井に引っ張られた。
「行くぞ」
「えっ、もう?」
「言っただろ。こっちは人間のことを恨んでる奴らが大半だって。お前、見つかったら殺されるぞ」
脅された俺はコソコソとリバーススクエアを出た。
外も明るかったが地下なので当然青い空ではなく、地層の模様が浮き出た茶色の天井に太陽に似た照明が太陽にやや劣る明るさで輝いていた。
オードベルグはその洋風な名前には不似合いな和な街並みだった。日本家屋の商店が所狭しと埋まっていて、テレビでみた温泉街のような感じだ。
そこにまたリバーススクエアという不釣り合いなほど現代的なビルが天井まで伸びているのだから、なんだか不思議な気分になった。
「ところで二人ともなんでまだ動物のままなの?」
普通に話しているが獣人の街に来たのに新井と羽藤はまだ動物の状態のままだった。
疑問をぶつけると二人で答えた。
「普通に考えてボクらって動物の時は毛や羽毛があるからいいっすけど人型になったら裸になっちゃうんすよ」
「だから今からお前らの服を買いに行く」
服を買いに向かった場所は意外と近くにあった。というかリバーススクエアの裏の路地にあった。
「着いたぞ、ここだ」
新井が指したのは一つの商店だった。
「ルナさんいるかー?」
新井が呼びかけると店の奥から二人やってきた。しっぽの感じからたぬきときつねの獣人だろう。
きつねは着物を着ていて妖艶な魅力のある美人だ。
たぬきはきつねと対照的に洋服をオシャレに着こなしていてこっちもやっぱり整った顔立ちだった。
きつねは新井をみて目を輝かせてかけよってきた。
「こないなとこまでよー来たね」
きつねの方は駆け寄って来て挨拶もそこそこに新井をもふもふし始めた。
「やっとお客さんが来はったわ。リバースができてからほとんど来んくなってしもたからほんま何年ぶりかってくらいやで」
たぬきも少し遅れてやってきて言った。
リバーススクエアは住民にとっては便利な物だろうがまわりの個人商店は大打撃だろう。その証拠にリバーススクエアにはたくさんの人が行き交い地上とか何ら遜色ないと言った感じだったがここは自分たち以外の客は誰一人としていなかった。
きつねがひとしきり新井をもふもふし終わったあとで新井が本題を切り出した。
「今日は前に預けた服とこの二人の服を選んでほしい」
「この二人って新井ちゃん、だれかしら?」
俺はギクッとして顔を伏せた。こんなところで人間だとバレたら大騒ぎ、下手したら命に関わる。
そんな不安をよそに新井は淡々と俺を紹介した。
「こいつは小鳥遊。人間だ」
「へぇー人間か。この街で人間を見るなんて珍しいこともあるもんやな」
「ほんとですね。ラクンが家事を手伝うことくらい珍しいわー」
きつねがすました顔で皮肉るとたぬきが睨んで言い返した。
「なんやて?バカにしとるんか」
きつねはフンっと鼻で笑った。
「今頃気づいたん?あーヤダヤダ。こんなアホなんかほっといて仕事の話しましょ」
「はぁ?わしを差し置いて何始めようとしとんねん」
京都弁と関西弁の応酬がきつねとたぬきの間で繰り広げられた。両者の間にバチバチと火花が散った。
喧嘩を制裁したのは新井だった。
「まあまあラクンもルナさんも落ち着いてくれ。一応私たちは客としてきているんだ。早く進めてくれ」
そこでようやく二人とも落ち着いたようだった。
「せやね。ついカッとなってしもて。ていうか自己紹介もまだやったね。私は相葉ルナ。ここの店主やってます。それでこっちが一応一緒に経営している夫のラクンです」
きつね──相葉ルナが丁寧に京都弁で挨拶をした。
続いてたぬき──相葉ラクンもコテコテの関西訛りで挨拶をした。
「一応は余計や。まあここ『
ルナが新井の方を向いて聞いてきた。
「そういえば小鳥遊さんの肩に止まってはる可愛らしいお客さんはなんて言うの?」
「ボクっすか?あの、ええっと」
ルナに話しかけられた羽藤はあたふたとしだした。
「こいつは人間の街で拾ってきた。だから獣人になれてなくてな」
新井がフォローにまわった。羽藤はというと俺の肩に乗って隠れている。
「ボク実は女の人が苦手っつうか喋るのが恥ずかしくて固まっちゃうんすよ」
羽藤が俺にコソッといってきた。
ルナが急に羽藤を撫で始めた。
「あらまあ、かわいいなぁ。よし、お姉さんが着付けてあげるわ」
「ええ!?」
羽藤は驚いて声をだした。
「ハッ、『お姉さん』って。ルナはホンマに冗談が上手やなぁ。わしも教えて欲しいくらいやわ」
ラクンがさっきの仕返しと言わんばかりにルナを煽った。
「なんか文句でも?」
「文句なんてないよぉ。でも見た目だけ繕った中身おばさんやのに自分のことお姉さんって言うもんやから笑いが止まらんくて、あーおかしい」
「二人とも落ち着けよ。話が進まない」
また新井は割って入った。この夫婦は誰かが間に入らないとずっと喧嘩をしていそうだ。
「ほんま、ラクンがいると話が進みまへんわ。行きましょ、バッチリ似合うの見つけたるで」
ルナは俺の肩に乗っていた羽藤を抱えた。
「ああー新井さーん!小鳥遊さーん!」
羽藤の悲鳴も届かず二人はカーテンの向こうへと消えていった。
「大丈夫かな」
「ルナさんなら大丈夫だろう」
「それじゃ小鳥遊、やったっけ?お前さんのはわしが選んだるわ。安心してな」
ラクンは俺の背中をドンと叩いた。
「私は自分のを取ってくる」
新井もどこかへ行ってしまい俺とラクンの二人になってしまった。
ラクンは店の中のハンガーラックへ向かった。『葉衣』はストリート系のパーカーから落ち着いたシャツまで様々なジャンルの服がならんでいた。
「お前さんはうーんと、この服とかどや?あぁでもこういうのも似合うなぁ。やっぱ素材がええとなんでも似合うわ」
それからラクンは俺の前に服を掲げては置いてを繰り返した。
「俺は今着てるやつでいいんですけど」
「何ゆうてんねん、服屋に来たからには新しい服を着んわけにはいかんやろが」
数十分後。
「よし!これが一番よー似合う」
決まった頃にはラクンの傍らには合わせた服が山積みになっていた。
「ほら鏡見てみや」
ラクンは俺を鏡の方へ向けた。
鏡に映っていたのはもちろん自分だが15年のどの自分とも違っていた。
「かっこいい・・・・・・」
「やろ?このデザインわしも気にいってんねん。でもわしが着るよりお前さんが着た方がええな」
ラクンは満足そうに頷いてニカッと笑った。
「ほんま可愛いわぁ、私の見込んだとおりやわ」
「はいっす・・・・・・」
カーテンがシャーっと空いてルナと着替えさせられた羽藤が出てきた。
羽藤の上半身の服は狩衣のようで、下半身は動きやすさを重視していている半ズボンのようになっていた。いやかっこよ。
「羽藤くんもいいじゃん」
「ほんとっすか小鳥遊さん」
褒められて羽藤は嬉しそうに腕をパタパタと動かした。広がった袖が羽ばたいている鳥のようだ。
「たださ」
「ただ?」
「羽藤くん、身長俺より低いんだなって」
俺はたしか170cm弱位だったと思うが羽藤はそんな俺より頭一つ小さかった。
「あーっ、小鳥遊さん
こんどは怒ってバサバサと腕を振り回した。
「待たせたな」
新井も服に着替えてやってきた。
ベージュのトレンチコートにメガネと真面目そうな印象を受ける服装をしていた。いやかっこよ。
「新井はでかいね」
「それなりにな」
新井は俺より頭一つ大きい。
「小鳥遊、羽藤。もう行くぞ」
「もう行くんすか?」
「早くない?もうちょこっと居てもいいと思うけど」
「ほいじゃあね。新井ちゃん」
「どーせあそこ行くんやろ」
二人はひらひらと手を振った。淡白に感じるが、彼らからしたら普通なのか。
「そういえば新井さん」
店を出てから羽藤が新井に尋ねた。
「なんだ」
「なんというか、新井さんの方が若いんすけど、どことなラクンさんににてる気がするんっすよ」
「それ、俺も思った」
俺と羽藤が指摘すると表情の薄かった新井があからさまに嫌な顔をした。
「・・・・・・よく言われる。だが二度というなよ」
「あ、はい」
新井の眼圧にやられて俺と羽藤は口を閉じて新井について行った。
「着いたぞ」
新井が急に立ち止まった。そしてひとつの建物を指した。
新井が指し示したのはレンガ造りの壁にはコケが生えていて開いているのか潰れているのかすら危ういようなバーだった。
「ほんとにここであってるすか?なんかボロそうだし」
「合ってる。ボロいのは元々だ」
新井は躊躇なく錆び付いたドアノブを開いた。
獣人の街 江戸文 灰斗 @jekyll-hyde
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