第2話
「で、どっち行くんだっけ」
そういえば警官から逃げるうちに場所がわからなくなってたんだった。
「なんとも心もとない案内人だ」
新井はハァとため息をついた。
「コンビニの店員に聞いてみるよ」
さっき行ったコンビニでフロントスクエアの場所を聞いた。
一日に同じ人が三回もきて不思議そうな顔で教えてくれた。
「さ、さあ行こうか」
「大丈夫か?」
改めて一人と一匹は夕焼けの街へと歩き出した。
「そういえばなんで人間の世界へ来たんだ?」
「獣人の街では人間は私たちを虐げ、今の小さな土地へと追いやった悪者として扱われている。確かに追いやられているのは事実だ。でも本当に人間は悪いやつなのか確かめたくてここに来た」
新井は決意に満ちた顔をしていた。
ここにいるだけで命の危険が付きまとうのに確かめに行くとは相当な勇気がいるはずだ。
「じゃあ俺と同じだね」
「同じ?」
「俺も獣人が悪いやつだーって言われて育ったけど、実物も見てないのにそのものの本質なんて見えっこないよ。だから俺も獣人を探してた」
「獣人を探してこんなにボロボロになったのか」
「まあほかの理由もあるけど」
フロントスクエアまでの道中。幸い、新井と話しているところは誰にも見られなかった。
アライグマと会話しているところなんて傍から見たらただの不審者だもんな。
「あ、みえた」
昨日の夜も見たがフロントスクエアは全面ガラス張りでいつ見ても圧倒される。
今は西日を反射して宝石のようにキラキラと輝いている。
「これがフロントスクエアか、大きいな。獣人の街にも似たようなのがある」
「へぇー」
フロントスクエア程の建造物が建てられるとは。やっぱり獣人は決して知能が低い種族じゃない。
「いたぞ。私の仲間だ」
新井は前方を顎で指した。
しかしそこにあるのはただの人混みで新井の仲間の動物らしきものは居なかった。
「どこ?」
「あそこだよあの街灯の上」
目を凝らして見ると街灯の上に一匹大きめの鳩が止まっていた。
「あの鳩?」
「そうだ」
新井は答えるとクォックォッと小さく鳴いた。
こんな雑音の中じゃ聞こえないだろと思ったが鳩はすぐに気がついて飛んできた。
大きな鳥が真っ直ぐに飛んできたら周りに驚かれかねないのでフロントスクエア付近の広場へ避難した。
鳩は追尾するように空中を滑ってきて──
「いてっ、いてて!」
鳩は俺の頭に乗ってついばんだ。
「よう。
「ちーっす、新井さん。こいつ人間っすよ?なんで絡んでるんすか。もし行くとこ見られちったらまずくないっすか?」
「こいつ、小鳥遊は俺たちと同じだ」
新井は早口で俺を紹介した。
「すみませんっすー。それじゃボクも自己紹介しますね」
羽藤はバサッと羽を翻して優雅に礼をした。
「ボクの名前は羽藤ジョン。好きな物は食パンと飛ぶことっす。体もフットワークも軽いことが長所っすよ」
「態度も軽いよな」
「へへ」
さっきから周りからの視線を感じる。
周りから見たらアライグマと鳩をてなずけている子供だもんな。
俺の方を見てコソコソ喋ってる人もいる。目立つなこいつら。
「ねえ、あの鳩喋ってない?」
「ええ、うそ。まさか獣人?」
「通報しようよ。獣衛隊が来てくれれば安心だよ」
ウウーー!
辺りに暴力的な音が鳴り響いた。
「この音って・・・・・・」
獣衛隊を呼ぶサイレンだ。
顔から血の気が引いて身体中の毛が逆立った。
ここで獣衛隊が呼ばれたら俺までまずい。
『やあやあ民衆たち!俺たちが来たからにはもう大丈夫だぜ!』
不意に上空からヘリコプターの音が降ってきた。
そしてさっきまでサイレンが鳴っていたスピーカーからは嫌になるほど聞いた声が聞こえてきた。
ヘリコプターの音につられて上を見ると、マイクを持った獣衛隊の隊長がヘリコプターに乗っているのが見えた。
隊長の声が聞こえた直後、地上からとてつもない音が聞こえてきた。
ファンたちの黄色い歓声だ。
「ヤイバ様ー!」「隊長!」
まるでアイドルのライブのごとく隊長コールが周りから湧き上がる。
そんな民衆をなだめだがらも隊長ことヤイバはご満悦な様子だ。
『それで、獣人はどっこかな〜。鳩ってのは聞いたけど』
ヤイバは大袈裟な動作で羽藤を探している。
どこかおどけているようにも見えるが目は本気だ。
『あっ、あれだね。ま、人型になられる前に仕留めれば楽勝でしょ』
ヤイバはアサルトライフルを構えて狙いを定めて躊躇なく撃ち始めた。
周りの人間に当たったらどうするんだ。
ついに見つかってしまった。俺たちはフロントスクエアへと走った。
『人間も一緒に走ってる?まさか共犯者ってことは無いよね』
ヘリコプターからで顔がよく見えなかったのは幸いだ。
静寂している後ろでトンと音が聞こえた。
まさかと思い振り向くとあの上空からそのままヤイバが飛び降りたのが見えた。
「あんまり逃げないでくれ、よっ!」
銃や装備はかなり重たいはずなのにまるでそれらがないかのように軽やかに走ってきた。一歩一歩踏みしめる度に加速しているのを感じる。
「やばい、追いつかれるよ!」
「落ち着け小鳥遊。エレベーターへ乗り込め」
いち早く飛んだ羽藤が先にボタンを押したおかげでドンピシャのタイミングでドアが開いた。
「早くしまれ!」
いつもなんとも思わないエレベーターのドアがやけにゆっくりと閉じていくように感じた。俺は意味もないのに『閉』ボタンを何度も押した。冷や汗がドバっと溢れ出した。
その間にもヤイバはどんどん近づいてくる。
そしてドアが閉まる直前、ヤイバがドアの前で銃を構えているのが見えた。
そしてヤイバが最後に言い放った。
「は?なんでお前がいるんだよ」
緊張の糸は切れた俺は思わずエレベーターの床に座り込んだ。
「「「はぁぁ」」」
三人とも危なかった。閉まったあとバババと何回も銃弾が金属の壁にめり込む音が聞こえてきた。
「今はどこに向かってるの?」
「今は最上階へのぼってる」
「最上階だって?」
そんなとこ行ったら屋上から挟み撃ちにされるじゃないか。
「獣人の街へは最上階からじゃないと行けないんすよ」
羽藤が説明してくれた。
「獣人の街『オードベルグ』へ行くにはいわゆるコマンドみたいなのが必要なんすよ。それは最上階からスタートなんで最初にのぼっとかないとダメなんすよ」
羽藤はくるくると旋回するのをやめて手すりにとまった。
「こういう小さい空間だと飛ぶのが疲れるんすよね。ハチドリみたいにホバリングもできないし。小鳥遊さんボタンいまからボクが言う通りに押してってください」
「おっけー」
最上階の40階に着いて、ドアが開いた。階段の方からカンカンと登ってくる音が聞こえてきた。
「登ってくるのが速すぎる。人間のスピードじゃないぞ」
「ヤイバはその並外れた身体能力を買われて獣衛隊のリーダーまで上り詰めたんだ」
今度は見える前にドアが閉まったがすぐに銃声が聞こえた。
「今30階だけど次何回?」
「次は36階まで上がってくださいっす」
俺は必死でボタンを押した。
少しでも遅れたらヤイバが入ってくるかもしれないと思ったら膝がガクガク震えた。
「次で最後っす。そのまま『閉』ボタンを押してください」
言われた通り『閉』ボタンだけを押した。
そうしたら勝手に下へと降りていった。数字が36から35、34──とどんどん下がっていく。
ついに1階まできた。しかしスピードは止まらず1、0、そして
「-1?」
-1、-2と変わっていった──
「-40階、か」
「ようこそ獣人の街『オードベルグ』へ」
チンと音がしてドアが開いた。
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