第1話

『人類は勝った!

力や能力に劣る獣人から知恵と結束よって勝利をもぎ取った。

蹂躙されていた人類は新しい一歩を踏み出す。

さあ君も獣衛隊に入らないか?』


超高層ビル『フロントスクエア』に張り付いた電光掲示板がうざったいほど見たCMを映し出している。

真ん中には獣衛隊の隊長が映っている。

イケメンで民衆を守る獣衛隊の隊長まで務めているというハイスペックな男だ。

俺は忌々しく電光掲示板を見た。


昔、世界には獣人という人種が蔓延っていて、人類は虐げられてきた過去がある。

だから獣人は悪いやつなんだ。と絵本で言われ、歴史の授業でも言われ、たまに取り上げられる獣人駆除のニュースでも言われている。


そうした徹底的な教育から人類の大半は『獣人は悪者』と信じている。

でも俺は違う。

俺は本物の獣人を見て確かめてみないと信じない。

獣人を見つけるべく俺は今日もネオンが光る都会の街をただただ歩いている。


「君、大丈夫?ご両親は?」

声をかけられ振り向くとそこには二人の警官。

家出少年だと思ったんだろう。

「いません」

「いないってことはないでしょ。電話番号は」

「いないんだって」

嘘だ。親は二人ともいる 。

「いないからもういいでしょ。腕、離してください」

その強引な態度に反応して警官は怪訝な表情をうかべた。

「なんか怪しいな。ちょっとお兄さんと交番まで行こうか」

「嫌だ!」

俺は警官の腕を振り払い歩行者の隙間を縫った。

ガタイのいい警官たちは人の波に呑まれて身動きが取れない。

「おいまて!」

待てって言われて待つやつがいるかよ。

俺はそのまま走った。走って、走った。

やっと警官をまいたがここがどこか分からない。

俺は疲れと空腹でその場にへたりこんだ。

15の子供を二人がかりで追い回すってなんだよ──


目を開いて太陽の明るさに思わず腕で顔を隠した。

「うわ、まぶしっ」

気がついたら寝ていた。

もう日が昇り始めている。

俺は少しは回復した身体に鞭を打って立ち上がった。


朝ごはんは昨日の日雇いバイトで貰った5000円のうち500円で済ませた。

二つ入りのサンドイッチを時間をかけてゆっくりゆっくり食べる。家に帰るわけにはいかないのでもちろん路地裏の吐きそうな空気の中で食べる。

路地裏っていうのは色んな店のゴミ箱なんかが置いてあって腐った臭いがそこら中に漂っている。

鼻が詰まっていたら良かったのに。


すると近くでドスッと重たい音が聞こえた。曲がり角の向こうの方だ。

どうせチンピラたちのいざこざだろうと思った。

刺激こそあるが娯楽のないこの環境でこういうイベントがあるのはだいぶ貴重だ。

俺はバレないようにコソッと覗いた。


「こいつ人になるんだぜ」

「さっきから言ってるけど全然ならないよ。しげちゃん」

「見たんだってこの目で。おい早くなれよ!ならないと獣衛隊呼べないんだぞ」

いたのは子供が数人とボロボロになった動物だった。もうしんでしまいそうなのに子供たちは動物を蹴ったり石を投げたりしていた。

遠目からだと分からないが多分たぬきとかそういう類の動物だと思う。


俺は少しの正義感とサンドイッチがまずくなることへの怒りから子供たちの方へと向かった。

「ねえ君たち、なにしてんの」

子供たちは虚をつかれて動きが止まった。

しかしすぐに平静を取り戻して言った。

「なにって、正義の手助けだよ」

他の子供も加勢してきた。

「しげちゃんがこのたぬきが獣人だって言うんだ」

「そうだ、俺見たんだって。こいつが変身したところ」

しげちゃんと呼ばれた子供がたぬきを指さした。

「他の子たちは見たの?」

他の子供は見ていないらしく全員黙って首を振った。

このままにしていたら俺がいなくなったあとまたやるだろう。そんなことしたら最悪あのたぬきは死んでしまう。

「まあ傷だらけだし、俺が買うよ。このたぬき」

俺はなけなしの4000円を子供たちにわたした。

「えっ、ほんと?」

四人いた子供は1000円づつ持って帰っていった。

子供たちが去った後俺はこっそり涙をふいた。


「大丈夫か」

俺はしゃがんでたぬきを撫でた。

たぬきは拒絶して噛み付いてきた。

しかし表皮が破れて血が少し出ただけで痛みは少ない。

「ちょっと待ってろ」

俺はコンビニに走った。

たぬきって何食べるんだ?

わからなかった俺はとりあえずりんごと豚カルビ弁当を買った。

コンビニを出た時ポケットの中の23円が悲しげにチャリンと鳴った。


「ほら食べな」

俺はもちろん包丁なんて持っていないのでリンゴをまるまるひとつたぬきの前に出した。

たぬきはガッと歯を突き立ててりんごを齧りとった。シャクシャクと弱々しい音が聞こえる。

ゆっくり時間をかけてりんごはたぬきの腹に消えていった。

「おいしいか?」

俺は撫でながら聞いた。空腹がおさまって今度は噛むこともなかった。


「ああ、美味かった。だけど私的にはそっちの方が食いたかったな。まあ今はもう腹いっぱいだからいいが」

ずいぶん図々しいたぬきだな。

「お金が無くて買えなかったんだ・・・・・・って──え」

た、たぬきが喋った!?

驚いた俺は思わず尻もちをついた。食べていた豚カルビ弁当が同時にひっくり返った。

「まさか、獣人?」

いやまさか。

言葉を発したものの、姿はたぬきのままだ。

芸?スピーカー?まさかあの子供たちのイタズラじゃないだろうな。

俺が様々な考えを巡らせている時にまた下から声が聞こえた。

「どうした。さっきみたいに撫でないのか?」

「なでないよ、喋るたぬきなんて」

「たぬきだなんて失礼な。私はアライグマだ」

「あんまり変わんないじゃん」

「たぬきなんて卑俗ひぞくな輩と同じにしないで欲しいね」

「そうなんだ」

いやいやいやいや。

さっきから普通に話してるけど目の前にいるのは人間じゃなくてアライグマだ。

大丈夫か。俺が疲れすぎてて幻想を見ている可能性もある。

惚けている俺をよそにアライグマはゆったりと口の周りを舐めている。

「りんごは本当に美味だった。ありがとうな」

アライグマは向こうへと歩いていく。

「ちょっと待って」

俺は咄嗟にアライグマの尻尾を掴んだ。

掴まれたアライグマはビクンと体を震わせてこっちを向いた。

「小僧、痛いから離せ」

あまりにドスの効いた声で言われ俺は素直にしっぽから手を離した。

めっちゃもふもふだったな。

俺はさっきの感触の余韻を感じた。


「なんだ。なんかようか」

「君って、獣人なの?」

一番気になっていることを聞いた。

「そうだ。通報するなよ。私はお前らを攻撃することはしない」

アライグマはさも当然という表情で答えた。

さっきまでただの野生動物だったのに今はとてつもなく恐ろしい怪物のように見える。

「私はただ帰り道を探していただけだったのだ。獣人の街への」

「獣人の街?」

獣人が街を作っているだって?

獣人は知能が低いと学校で教わった。街が作れる程の知能がないほどに。

それに獣人の街なんてあったら獣衛隊がすぐさま殲滅しに行くだろう。街と呼ばれる規模の場所がまだ見つかっていないというのは不自然だ。

「そう、獣人の街『オードベルグ』。仲間と落ち合ってそこへ帰る予定だったのだが待ち合わせ場所がわからなくてな」

獣人の迷子か。

「場所の名前さえわかれば案内くらいできるよ」

「おお、ありがたい。確かリバーススクエアという名前だったような」

「リバーススクエア?ごめんけど聞き覚えがないんだ。似た名前の場所ならあるけど」

「一応そこに案内してくれ。ええと名前は」

「小鳥遊ユウゴ。ユウゴでいいよ。君は・・・・・・」

「新井でいい」

「随分人間らしい名前だね。なんか思ってたのと違う。英語名とかだと思ってた」

「昔人間に殺された長がそうだったからな」

俺は新井と名乗るアライグマを連れて夕焼けの赤い街を歩き始めた。

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