1.クロルフツの娘の話

「緑色の子どもの話を聞いたことがあるかね。髪も身体もぜんぶ緑色した子だ」

翡翠児クリューイのこっちゃねえか! いきなり不吉な話はごめんだぜ旦那」

 口琴師が顔をしかめた。

「それがそう不吉ばかりでもないって話だ。まあ聞けよ」

 革袋の酒で口を湿らせてから、髭の男は続けた。

「俺は若い頃から薬酒や乾乳を商って、いろんな村々を廻ってきたんだが。あんな奇妙な話は聞いたことがない」


* * *


「カジュケフ山脈から北へ、海のほうまでずっと廻ると、断崖にへばりつくような貧しい土地がある。クロルフツという村だ。

 もともと岩ばかりの土地に海風が強くてな。ろくな作物も育ちやしない。だがここでしか採れない薬草があるんで、年に一度は仕入れに行ってたものだ。

 その村に、細工師の男がいた。クロルフツの岩は穴ぼこだらけだが、柔らかくて細工しやすい。そこから採れる石を削ってなんやかんやの細工物を作っては、俺らのような商人に売りつけて生計を立てていたんだな。

ここから先はその男から聞いた話だ。


 もう二十年以上も昔のことだ。ある日、男は細工物の材料を探すうち道に迷って、気がついたら忌み地とされている奇岩の谷にいた。なんとか戻る道を探していると、か細い女の声で呼び止められた。見ると、草に覆われた奇岩とばかり思っていたところに、大きな腹をした女がいるじゃないか。いや、半分は人間の女の姿だが、身体の半分は草にとりつかれた姿で――」


「そりゃあ緑喰ダプヌイだ、アオハミだ。ブルルっ、ますます不吉じゃねえか」

 おおげさに震えてみせる口琴師の様子に、若い男が首を傾げた。

「翡翠児は聞いたことがありますが、緑喰とは。何かの病ですか?」

「それも知らずに城外へ出たのかい。よく無事でいられたな、都の人」

 呆れを通り越して哀れむような表情で、髭の男はしげしげと若い男を見た。口琴師は顔の前で両手の指をぐにゃぐにゃ動かしながら声を低くした。

「緑喰っちゅうのはなぁ、人食い草のことだ。わしは口琴を弾いて旅するんで、時々見たんだがな、土地によって呼び方こそ違え、そりゃ恐ろしいもんだぞ。やつらは葉の裏から胞子を出して、人の傷口とか口ん中に根を張るのさ。んで、一度とりついたらものすごい速さで育って、半日もあれば人だか草の塊だかわからん姿にしちまうのさぁ」

「つまり寄生植物ですか! そんな、人にとりつく植物なんて、聞いたことがない・・・・・・」

 若い男は今更恐ろしくなったように地面を見回した。

「ははは、でえ丈夫だ。こんな乾いた地面にゃいねえよ」

 口琴師は愉快そうに若い男の肩を叩く。

 髭の男はやれやれというように二人を見やり、また語りはじめた。

 

「細工師が出会った女が言うには、自分はこのまま喰われて草に同化していく、それは運命だからもう諦めたと。だが腹の子は人として生まれたがっている。どうかまだ人間の部分が残って居るうちに、腹を割いて子を取り出してくれまいかと。

恐ろしさに細工師は最初断ったが、死にゆく者の頼みを断ってはどんな災いがあるかもしれない。女がどうかどうかと懇願するのに負けて、持っていた石割りの道具を取り出した。もうほとんど草に覆われた、腹の辺りとおぼしきあたりに刃を当ててみると、そこから勝手に割れてに赤んぼうが飛び出してきた。全身緑色だったが、ちゃんと人間の姿をして、人間の泣き声をたてていたそうだ。

女は何度も感謝の言葉を言いながら、じきに草に同化してしまった。


緑色の子を手に、細工師は途方に暮れた。これは翡翠児というやつじゃないか。まして忌み地で生まれた子、こんなものに触れて、自分も緑喰にとりつかれたらと思うと恐ろしかった。だが腕の中の子の泣き声は強く、生きたい生きたいと叫んでいるように聞こえる。とても捨てる気になれず、上着にくるんで家に連れ帰ってしまった。


とはいえ細工師は独り者だ、生まれたばかりの赤んぼうの世話などしたことがない。子はますます泣き止まぬ。おろおろしていると、戸を激しく叩く者がいる。開けると、見知らぬ女が怒ったような顔で立っていた。女は細工師の手から赤んぼうをひったくると、ちくしょうちくしょうと涙を流しながら自分の乳を含ませはじめた。


話を聞くと、女はつい先日、夫と子を亡くしたばかりだと。やっと弔いも済ませ出直そうとしていたのに、通りを歩いていたら火が付いたような赤んぼうの泣き声を聞いてしまった。すると勝手に乳が張る。辛くてたまらず、飛び込んできたらしい。

 それからというもの、女は日に何度も乳を与えにやってきた。乳飲み子が、いわゆる翡翠児らしいことなど、気にしていないようだった。そればかりか、やれおむつをどうしろだの、やれ着せるものが薄いだのと文句を言いながら世話に通い、ついには細工師の男と一緒に暮らすようになった。


ふたりは翡翠児にイリューシャと名付け、自分たちの娘として育てた。

小さな村のこと、細工師がいつの間にやら妻を迎え、子もできたこと、それが翡翠児だという噂はすぐに広まった」


「ほうれ言わんこっちゃねえ。どうせ不吉な忌み子として追い出されたんだろう」

 薪を火に加えつつ、口琴師が渋い顔をした。

「ところがそうでもないんだ。いや、それどころか翡翠児イリューシャは村に歓迎された。なぜだと思う」

 問われて、若い男と口琴師は困惑したように顔を見合わせた。

「髪だよ。緑色の、翡翠のように輝く髪がな、なんにもない土地に恵みをもたらしたんだ」

 髭の男は続けた。


「知っているか? 翡翠児の髪は草木のように生きているそうだ。土に力を与え、命を呼ぶとも言われている。じっさい、ほんの数本を畑に埋めておくだけで、そこの作物は実りが良くなったんだと。ただし翡翠児に刃物は禁忌だ。髪を鋏で切っちゃいけない。なぜって? 知らないが、昔からそう言われているんだ。そういうわけで、細工師の妻は毎日せっせとイリューシャの髪を梳いてやり、櫛に残る数本の髪を大切に取っておいて、村人に分け与えたそうだ。

北の断崖の村、貧しいクロルフツは、そうしてしだいに緑豊かな村に変わっていった。・・・・・・イリューシャが十四になるまではな」


「なにがあったんです?」

 若い男が問うのを、口琴師がさえぎった。

「ちょっとまった旦那。十四といったか? そりゃあおかしい。翡翠児ってのはろくにモノを食わねえ。生きてもとうまで持たねえのが普通だ。本当に十四年も生きたのかい」

「ああ、本当だ。細工師夫婦がよっぽど大切に育てたんだろう、なんならもっと長生きしたかもしれないものを」

 薪がはぜて火の粉が舞う。それを目で追う顔の、陰が濃くなった。

「上界人がな。どこで聞きつけたか翡翠児の調査だとか言って、嫌も応もなくさらっていきやがったと」

「ばかな」

「なんてこった」

 二人が同時にうめくのを見て、髭の男は手をひとつ打った。

「おしまい。さあ語ったぞ。次は誰だ?」

「いやいやそれはないだろうよ。嘘でもせめて言ってくれ、十四まで育った翡翠児イリューシャは、良い男に見初められて嫁いでいったとかなんとか。でなきゃ細工師夫婦が辛すぎらあ」

「おまえ、さっきまで翡翠児は不吉だなんだと言ってたくせに・・・・・・」


 膝を抱えて、若い男が神妙な顔をした。

「それで、その村はどうなったんです。翡翠児がいなくなった後は?」

「そりゃお察しだ。最後に会った時、細工師は痩せていた。俺は商う品が変わって、遠いクロルフツまで行くこともなくなった。――そら、残りが少なくなったぞ。誰が語る?」

 差し出された革袋は、若い男が受け取った。


「じゃ、語りましょうか。じつは私も知っているんです・・・・・・翡翠児の話を」

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