2.楽士と旅した娘の話
「ほう。穢れなき上界人さまがおわす都にも、翡翠児はいたんかね」
髭の男が問う間にも、口琴師は陰鬱な音を鳴らし続けている。
若い男は困ったように笑い、革袋からひとくち酒を飲んだ。
「都はそんな清浄な場所じゃありませんよ・・・・・・ええ、翡翠色の子なら一度だけ見ました。あれが幻でないならね」
* * *
「ご存じかとは思いますが、ハルリ城内には上界人だけが住んでいるわけじゃない。いや、
「ほう?」
ウヘン、と咳払いして若い男は続けた。
「私が出会ったのは、まだ幼いといえる舞い手でした。通常の市とは少し離れた場所に人だかりができていたもので、何事かと見てみると、数頭のリャイパの側で、緑色の髪をした少女が舞っていたんです。伴の
「双頭弦だァ?」
口琴師が手を止め、素っ頓狂な声をあげた。
「そいつぁ赤毛の男じゃなかったか」
「知ってるのか、口琴師」
「知ってるもなにも、おおいに因縁ありでさ。いやしかし少年といったか? ザブルクって大男じゃねえかい?」
「いえ、まだ年端もいかない少年でしたよ。髪は黒かった。赤毛の楽士というなら・・・・・・いやそれはまた別の話だ。とにかくその子たちが」
若い男は頭を振り、思い出すように目を閉じた。
「なぜ、子どもだけでそんな場所にいたのかはわかりません。舞い手の少女はまだ髪も上げていなかった。裸足の足首に鈴をつけ、弦の音に合わせて何度も旋回していた。あまりに激しい旋回の果てに目を回したのか、少女は道に倒れ込みました。私は思わず駆け寄ったんですが、リャイパたちに囲まれてしまって。おとなしいと聞いている一本ツノの雌ばかりだったのに、まるで少女を警護するように、威嚇さえしてきたんです。リャイパの向こうで顔を上げた少女のあの目! 忘れようにも忘れない、翡翠が燃えているような色でしたよ。見ると、膚の色も・・・・・・これが話に聞く翡翠児かと驚いているところに、誰かの声がかかって。少年が少女を連れ、あっという間に人混みに紛れてしまったんです」
一気に話して、若い男はふうと息を吐いた。
「で、その子たちは」
「わかりません。見かけたのはそれきりですし、誰に聞いてもどこの子だったのか、わからずじまいでした。」
「双頭弦弾きの少年、なあ」
まだ納得いかない様子で、口琴師は自分の楽器を手の中で転がした。
「そうそう、さっき言いかけた赤毛の楽士ですが」
若い男は焚き火に手をあぶり、話続けた。
「噂は聞きましたよ。遠く離れた城から城へ謎の技を使って旅をし、通行税を取り立てる役人すらだしぬく楽士団がいるそうですね。頭領は赤毛の大男だとか」
「ほうれ、やっぱり」
口琴師は膝を打ち、身を乗り出した。
「向かい合う
「うるさいぞ、口琴の」
髭の男はたしなめて、若い男に向き直った。
「その楽士団と翡翠児は、なんか関係あるんかね」
「はっきりとはわかりません。ただ聞いた話ですと、楽士団に一時、二人の子どもが加わっていたそうです。リャイパ使いの兄弟と名乗り、じっさいリャイパは弟のほうによく懐いたと。その子は翡翠色の眼をして緑がかった膚色で、動物質のものはなにも、肉も魚も乾乳すら口にしなかったそうですが」
「翡翠児か?」
「さあ。ただ、その子らがいた間、砂嵐にも遭わず旅は幸運に恵まれたと。頭領は兄のほうを気に入り、双頭弦の弾き方を教えたそうです。ハルリ城に着いてから、弟のほうはじつは女の子だとわかり、翌日二人はどこへともなく姿を消したと・・・・・・」
「そりゃまた奇妙な話だ」
「で、その子どもってのが、あんたの見た二人だってかい」
「いや、そこまでは。なにせ大きな都だし、いろんな楽士や踊り子が来るんです。中には髪を色粉で染める者もいる。あの少年が弾いていた楽器だって、双頭だったというだけで
「ほう。ふんむ」
口琴師が、また陰鬱な音を奏で始めた。
「すみません、どうも私は話が下手で。さ、貴方の番ですよ、口琴の人」
革袋を渡されて、口琴師がにやぁと口を曲げた。
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