テネベグを往く旅人たち

いときね そろ(旧:まつか松果)

序:三人の旅人

 陽が沈めば死に近くなる。

 だが日没はすぐそこに迫っていた。


 テネベグの茶色い荒れ地に陰鬱な口琴の音が響いている。

 わずかな草木が生え残る窪地は川の跡だろうか。地べたに座り口琴を奏でるのは、ぼろのような頭巾を被った小柄な男だ。時折手を止め、乾燥しきった細枝を焚き火に投げ込む。

 その脇で遠くを見やる若い男が、気ぜわしげに立ったり座ったりしていた。


「まあ落ち着きなよお若いの。きっと連れ帰ってくれるよ」

「いや、そうはいっても暗くなってきましたし・・・・・・あ!」

 若い男が駆け出す先に、大きな獣の影がひとつ、続いて二つ、現われた。先頭の獣に乗る男は、ホイッ、ホゥィッ! とかけ声とともに、長鞭ひとつで獣たちを操る。

 

「ああ、助かった! よく見つけてくれたものだ」

 若い男は両手を拡げて感謝を示した。

「なぁにこいつら一本ヅノだもの、遠くへ行けやせんよ。こっちの二本ツノを見たら、おとなしく付いてきたのさ」

 先頭の獣はあるじの声に反応するように頭を振った。なるほど立派な二本の角を持っている。引き連れてきたうしろの二頭は、短く切られた角が一本見えるのみ。


「あんた都の人かい?」

 毛の長い二本角の背から降りたのは、黒い髭をたくわえた壮年の男だった。

「ええ、まあ。よくわかりますね、わたしはハルリ城内から来たんですが」

 答えながら若い男は戻ってきた獣と荷物の無事を確かめようとするも、蹄を踏み鳴らされてびくりと身を引いた。

「だろうな、リャイパの扱いが下手すぎる」

 黒い髭の男は笑い、だがちょっと眉を寄せた。

「荒れ地に不慣れな都ものが、供も連れずに旅するとは無茶すぎるんじゃないかい」

「いや、途中まで案内人はいたんですがね。刈り入れの時季が来たからって勝手に引き返していきました。料金は前払いなのに・・・・・・リャイパたちは逃げ出すし、一人でどうしようかと途方に暮れていたところです」

 頭を掻く若い主をよそに、リャイパと呼ばれた獣たちは何事もなかったようにわずかな草を食んでいる。

「ははっ災難だったな。まあ座って火に当たりなせえ、そちらの旦那も」

 口琴を奏じていた小柄な男が、人なつっこく笑って火の傍へいざなった。

 

 陽は暮れ始めると早い。男たちは当然のように野宿の支度にかかった。

 髭の男と口琴の男は、慣れた様子でそれぞれの荷物とリャイパを馬蹄型にぐるりと並べ、その内側に敷き革と毛布を敷いた。こうして夜の風をやり過ごすのだという。

 若い男は革袋と干し肉を取りだし、世話になった礼だと二人にふるまった。


「こりゃ良い酒だ。バイカワにヒンを効かせて十年、いや二十年は寝かせたな。都の人はこんなのを呑んでるのかい?」

 革袋を回し呑みながら、髭の男が言った。

「肉もええ肉だ。こんな上物を振舞ってくれるたぁ、ひょっとしてあんた、上界人カジュルクツが化けとるんじゃないだろうな」

 口琴の男はおどけたように首を突き出した。

「はは、やめてくださいよ。都住みといったって私も穢れた地の者ウダーンノウツ、いわゆる大猿のひとりですよ」

 若い男は笑って顔の前に手をひらひらとする。

「西ドハルに住む従兄が嫁を貰うもので、その祝いに行くんです。父はもう高齢ですから、代わりに私が。酒も肉も、旅の駄賃として母が持たせてくれたものです」

「・・・・・・ほう。そりゃめでてえことで」

 口琴の男は丈夫そうな前歯で干し肉をぶちんと噛み切り、

「やっぱええ肉だ」

 と呟いた。


 暖まった空気を冷やすごとく、甲高い叫びのような声が遠くから響いた。三人はびくりと身構えたが、すぐに口琴の男が笑った。

「なんでえ、蒼犬の遠吠えじゃねえか。脅かしやがる」

「犬ですか?」

あお犬。こういう荒れ地をうろついてる野犬だよ、知らないのか。首が枝みたいに細っこいからあんな声が出るんだ」

 呆れたように髭の男が答えた。

「油断しちゃなんねえぜ、旦那がた。やつら旅人の首を狙いに来るんだからよ」

「く、首を?」

「ただの言い伝えだろう。若い者を怖がらせるなよ、口琴の」

「いやいや、夜のうちに首なしになるのはごめんだよ。さあさ火を焚こう、ものがたりしていよう。そうすりゃ奴さんたち、怖がって寄ってこないもんさ」

 口琴の男は薪を加え、火を少し大きくした。


「よし、そんならまずお前が語れ口琴師」

 髭の男は革袋を差し出して言った。

「いやいや、わしなんぞつまらん話しか出てきませんぜ。旦那からお願いしますよ」

「私も聞きたいな」

 二人から促されて、しょうがないという風に髭の男は座り直した。


「そうさな。あれはもう何年前だったか・・・・・・ここよりずっと北の地で聞いた話だ」

 蒼犬の声はまだ遠くで響いている。

 髭の男は炎を見つめながら語り始めた。

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