世間様5

 北原さんに教えられて行ったSMバーでの出来事を所長に報告したら大笑いされた。


「サキちゃんよかったじゃん、うまくいったら探偵なんかより高収入の道が開けるよ?」


「からかわないで下さいよ、本当に恐かったんですから。でも大川さんが言ってた『草野ユキは渋谷のバーで働いている』って何かの間違いじゃないんですか?」


「確かにキャバクラやスナックでは刺青入ってるコは見ないな。見えないところにしているなら黙認されるかもしれないけど」


 透明のビニール傘でゴルフのスイングの練習をしながら所長が返事をした。ということはこの人ゴルフやるお金持ってるんだ、だからキャバクラとかたまに行ってるんだ、だったら基本給上げろよと思いつつ、アタシは自分の推理を述べた。

「所長、もしかして大川ツヨシさんと草野ユキさんは駆け落ちでもしてもう東京にいないのでは?」


「まさか。だったらツヨシ君は書き置きでも残すだろう」所長は首を横に振った。

「案外、二人で入籍して帰ってきたりしてな。でも、結婚を反対されたわけじゃなくて、付き合いを反対されたレベルのことだからそれもなし、だ」

「つまり二人はまだ東京にいる、ということですね?」


「いるね。大学に行った時も『ツヨシ君が居なくなった』という類の話は無かったんだろ?それにしてもだ、大川さんも情報小出しにしてる印象があるな、例えば草野ユキの勤めているっていうネイルサロンの店名や場所を知ってるとかな」


「だったらなんでここに調査依頼を、あ、所長、ゴルフの練習もいいんですが、来客用のソファーに水飛ばさないで下さい」

「お、悪い悪い。俺が後で拭いておくから。で、彼らが草野ユキの勤務先を知っているとして、こちらに教えたくないとすると、当然事情があるわけだ」


 ビニール傘を事務所の玄関の脇にある傘立てに突き立て、所長は自分のハンカチでソファーの上に散った水滴を無造作に拭きとった。

「バーとかネイルサロンとかじゃなくて、草野ユキはソープ嬢とか。じゃなかったら男一人養えないだろ」


「所長が大川さんの立場だったら、隠します?」

「隠さないけど、さらっとは言えないね。だって『うちの息子がソープ嬢と駆け落ちしまして』なんて、探偵とはいえ初対面の人間に言うのは勇気がいるな」

「ツヨシ君がどこかで住み込みのバイトでもしている可能性もありますよね」

「どっちみち、中間試験だか期末試験になれば、大学に顔を出すさ。写真だけでも分かるよ、ああ、この人は女で人生変えない人だって」

「と、いうことは?」


「サキちゃん、ツヨシ君の同級生に話、聞いてきてよ。名簿ならそこらにあるから」

「大学に直接行った時は何も分からなかったんですけど」

「だからこの際しょうがない、適当なこと言って誰か呼び出すしかないだろ」

「分かりました、なんとかやってみます」


 事務所の電話が鳴った。アタシが取ろうとしたら、「いいから」と所長が取った。

「はい日野原探偵事務所。はい、はい。了解しました、お待ちしています」

 受話器を置いた所長が、アタシの方に振り向いた。

「サキちゃん、昼飯先に食べてきなよ。俺はその後でいいからさ」

「直帰でよろしいでしょうか?」

「え?」


 また始まった。仕事モードが吹っ飛んでいる。所長は野球賭博か何かで儲けたのだ。しかし違法賭博ってそんなに儲かるのか?アタシの晩飯、月末はカップラーメンでビタミン不足のせいかたまに体が冷えるってのに。憎い。

「ですから大川ツヨシ君の同級生に話を聞いてくる件についてですが」

「あ、そうそうそれ頼むよ」


 アタシは本棚からツヨシ君の通っている国立大学の名簿を取り出し、ラグビー部の所だけコピーし、それをクリアファイルに挟んだ。

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