世間様4
大学に潜入を試みたものの、女のカーテンに阻まれてほとんど得るものが無かった。アパートの管理人のおばさんには「探偵なんぞに教えることはないよ」と追い返された。それじゃ張り込みをさせて貰おうとアパート近辺をうろついていたら、「まだ居たのかいあんた、あんまりしつこいと警察呼ぶよ」とドーベルマンをけしかけられそうになり、退散するしかなかった。
そこで大川ツヨシ君の恋人である草野ユキの居場所を当たってみることに。二人は一緒に居る可能性が高い、草野ユキが見つかれば自動的に大川ツヨシ君も見つかるはず、と思ったのだが甘かった。
「僕の経営しているクラブには芸能人も青年実業家も来ます。まあ、『会員制で安心して遊べる高級社交クラブ』というのがコンセプトなんですが、始めてみたら、ここだけの話、遊び方に品が無い人が多くて、この前も、ある女優さんが、ホステスの髪引っ張って『てめえ次の駅で降りろ』とかわけわかんないこと言い出して」
「はあ、それで」
原宿でサーフブランド専門のアパレルショップを経営する傍ら、西麻布でクラブを経営している北原さんはまだ二十六歳の青年実業家。しかし苦労人の面影は全く無く、開業資金は多分親から出してもらってる、ぱっと見どこかのドラ息子。
アタシのイベントサークル時代の同級生で、「今は就職活動しながらホストやってる」という男の子に、「お水関係ならもっと詳しい人がいる。バイクのツーリングの先輩なんだけど」と紹介され、「要は暴走族の先輩かよ」と思いつつ道玄坂にあるオシャレなオフィスに話を聞かせてもらいに来たのだが、「草野ユキさんというあたしそっくりで右肩に刺青が入っている二十二歳の女性を探しているのですが」と用件を伝えたところ、「ああそうですか、それでですね」と言ったきり、ずっと自分の事業の話をしている。途中で最近買ったというクルーザーの自慢も唐突に混じった。悪い人ではないが、いつか捕まりそう。
「うん、で、僕が『これ特急だから終点まで止まりませんよ』って言ったら、その女優さん『そうなんだ』って言ったきり引き下がってね、多分あれ、クスリでもやってるんじゃないかな。ところで君は誰だっけ。前、会ったことあるよね?」
アタシの存在に今初めて気づいたとでも言った様子。サーファー風のさわやかな風貌をしている北原さんだが、背筋に寒気が走った。この人、絶対いつかクスリで捕まる。だって体臭がクスリ臭い。多分注意してくれる人が周りに居ないんだろうな。
「私は先程から北原さんの前にずっと座っているのですが?」
「いやそうじゃなくてさ、大学のイベントサークルが幾つか集まって渋谷の『SOUTHWEST』ってクラブを借り切ってパーティーやった時名刺交換しなかった?」
「したかもしれませんが」と言った途端、北原さんの顔がぱっと輝いた。
「あーやっぱり。俺の記憶力凄くない?で、用件はなんだっけ?お兄さん力になるよ?」
もーヤダ。この人ウザい。アタシは『SOUTHWEST』に行ったことはあるけど、そのパーティーには行ってないんだよ。オーガナイザーが、当時学生起業家とか言ってマスコミにも紹介されてた勘違いヤローの仕切りたがりで虫が好かなかったからだ。
「私そっくりで肩に刺青入れてる草野ユキさんという二十二歳の女性を探しています。心当たりがあればお教え願いたいのですが」
話は振り出しに戻ったが、北原さんも素に戻ったようだ。
「草野ユキさんねえ。探している理由は?」
「大川ツヨシさんという、大学生の方の行方を探しているのですが、草野ユキさんはその方と一緒にいる可能性が高いからです」
「ん?探してる本命はどっちなの?」
「大川ツヨシさんです......」
「大学生の方は手掛かり無しなんだ」
「ええ、それで人脈の広い北原さんのお力を借りようと思いまして」
「ということは、その草野さんはお水の人なの?」
「ええ、ここらへんのバーで働いていて、ツヨシさんとはバーで知り合ったようです。昼間はネイルサロンで働いているとか」
「バーの名前やネイルサロンの名前は?あと正確な場所とか」
「それが分かれば楽なんですが」
「それはそうだよね。でも漠然とバーと言われても......ちょっと待って。その草野さんってどんなコ?」
「ですから、背格好はアタシくらいで肩に刺青が入ってる二十二歳の女性です」この説明は三回目。何回訊いたら頭入るんだよ、クスリボケにも程があんだろ、もう帰りたい。
「刺青オッケーな店というとかなり絞れるね。ほら、嫌がる人はまだ日本じゃ多いから。とりあえず道玄坂で墨入ってても大丈夫な店というと僕は一軒しか知らない。ちょっと待ってね」北原さんはテーブルの上に置いてあったメモにボールペンでさらさらと何事か書きつけ、アタシに「よかったら行ってみなよ、経営者、僕の友達だから」と手渡した。
よかった、クスリやってて記憶力怪しいけど北原さんいい人だ、と思いつつ、メモを片手に道玄坂を上り、『ディストピア』というお店の看板を探すと確かにあった。そして階段を下って地下一階の店内に入ると、ボンデージファッションの、仮面を取ったドロンジョ様みたいな巨乳のお姉さんが出てきて「従業員募集の広告見て来た人ですか?」と爪先から頭のてっぺんまで品定めするようにじろじろと見られた。
壁を見れば中世ヨーロッパの拷問の道具みたいなものが幾つか陳列されていて、確かにバーカウンターはあるんだけど間違いなくSMバー。
「あの、北原さんの紹介で来たんですけど、草野ユキさんという女性を探しているのですが」
こういうこともあるよねと思いつつボンデージのお姉さんに名刺を差し出した。
「草野ユキ?」アタシが彼女の容姿を説明すると、お姉さんは顎に指を添えて何かを思い出すような素振りをしたが、ああそういえばとぱっと顔を輝かせ、
「うんうん心当たりある、詳しい話は奥の部屋で」となんだか嬉しそうな面持ちで手招きされた。奥の部屋ってなんだよと思いながらついていくと、黒い鉄の扉の奥には拘束用のベルトがついた革張りのベッド。
「こういうの、好きですよね」アタシの前にひざまづいたお姉さんに真面目な顔で鞭を差し出された。
「その前に草野ユキさんの話を」とビビりながら言ったら「野宮さん、何も考えずにぶって」と震えながらすがりつかれたので、理解不能な人に理解不能な場所に閉じ込められてしまうという強い不安を感じ、「お金払いますから」と呼び止められたのも振り切って店を飛び出した。
一瞬だが、小さい頃、山梨の田舎で兄の後ろにくっついて走り回って遊んでた頃の光景が頭に浮かんだ。分かってるよ兄貴、あの頃には戻れないんだよね。
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