マインズ

 キールと別れてから数分後、ウィンディは発電所内を闊歩していた。電源盤のようなものやパイプなどが彼女の好奇心を刺激する。一応仕事中であるとは言え好奇心に負けてちょっと触ってみたりするのだった。しかし本業のマップ探しも疎かにしているというわけではなかった。

ウィンディは別れてから合計4つ目のドアを開けていた。


「……わっ……埃っぽい」


 開けるや否やウィンディの頭に埃が降ってくる。目を背けたくなるほど積もった塵や埃を被った棚やテーブルがそこには置かれていた。テーブルの上に用紙が幾枚か重なっているのを見つけたウィンディ。埃を極力触らないように比較的綺麗なところを触るようにして重なっている用紙の一枚目をめくりあげた。


「地図……じゃないか……なんだこれ?専門用語ばっかでわかんないや……」


 ウィンディの知識量を圧倒的に上回るその報告書らしきものは難読そのものであり、ウィンディを辟易とさせた。ウィンディは氷が張る前の文明を築き上げ、維持そして発展をさせていた人々に敬意を払いながら2枚目を捲った。比較的図の多い報告書らしき物の2枚目であった。視覚的には読みやすそうではあるがやはりウィンディにはその図が何を指すのか分からなかった。唯一わかるのはそれが地図ではないと言うことだけだ。

 3枚目、4枚目とめくっていくものの地図は見当たらない。ウィンディはため息をつきあたりを目線を上げた。コルクボードに止められたメモ書きやどこかの鍵が目に入る。続いて視点をずらしていくも全くと言っていいほど地図らしきものはない。


 「違う部屋かな?」


 ウィンディがその部屋から出てドアを閉めるや否や叫び声が聞こえてくる。

 近い。そう判断したウィンディは駆け出した。そこには人助けがかっこいいからなどという打算はなかった。

ウィンディは走りながら純粋に助け出したいと思って駆け出せたことを内心で少しだけ安心していた。もちろんカッコいい氷鉱夫を目指すことは目指すものの、もしも自分がカッコいいと言う指標だけで人を助けることを決めていたのならそれはそれで悲しい。誰かの助けになってそれが結果カッコいいのが彼女の理想である。


「どうしたの⁈」


 ウィンディは角を急いで曲がった。そこには一人の黒髪の少年が歩いている途中で固められたような体勢で動けなくなっていた。少年はウィンディを見つけると申し訳なさそうに言葉を発する。


「……すまないが助けてくれるか?」


「う、うん……どうしたの?」


 ここにいる以上氷鉱夫のルーキーだ。ルーキーが助けを求めることは珍しくはないのだが、彼の動けなくなっている理由がウィンディなは全くわからなかった。

彼に近づくウィンディ。そんな彼女を見て少年はふと思い出したように言う。


「……そうだ。そこ踏まない方が……」

 

 時すでに遅しとはこのことである。彼の発言と同時にウィンディも少年のように固まってしまった。正確に言えば上半身は自由なのだが足元が完全に動かない。


「な、何これ!?」


「ここ氷が張っててさ……くっつくんだ」


 少年はぼりぼりと頭の後ろを描きながら呑気に言う。


「早く言ってよ!」


「まぁまぁ……俺はマインズ。君は……なんか初日に目立ってたな?」


「私はウィンディ。よろしく……ってかどうしようこれ!」


 自己紹介などしている場合ではなかった。しかし互いの名前を知っておいた方がいいというマインズの考えもウィンディは飲み込めなくもなかった。

 しかし名前を知り合ったところで事態は好転しない。二人の足元に貼った氷は踏まれた時に僅かに溶けたが冷気の影響ですぐさま凍りつき、踏んだ物の足を地面と固定させてしまったのだ。

 ウィンディは腰につけた小物入れを探った。氷鉱夫として仕事をしていく上で必要な様々なものをドクリから持たされている。ドクリ曰く「未来にめんどくさい思いをしないためには準備が大事」とのことだ。ウィンディは小物入れから多少飲料用のお湯の入ったボトルを取り出した。


「……マインズ」


「ん?」


「これ足元に巻いたらすぐに走ってね?溶けると思うから」


 ウィンディはボトルの蓋を開けると少しでも冷めないうちに足元へとお湯を撒いた。ふと軽くなる足元。ウィンディとマインズはここぞとばかりに走り出した。すぐに走り出さねばまた凍ることになるからだ。そして走りかたも重要だ。


「接地面少なくして!」


「OK、わかった!」


 ウィンディの呼びかけにすぐさま応じたマインズはつま先立ちに近い接地面の少なさで走り抜ける。

 やっとのことで氷の張っていない地面までたどり着くと二人は急ブレーキをかけた。走りすぎてもマップを見落としてしまうことになる。


「……悪いなウィンディ」


「何が?」


 ウィンディは首を傾げた。


「助けてもらって……お湯も使わせちまったよ」


「いいってそんなの。さぁ、マップ探しを続けよう!」


 ウィンディは拳を突き上げてそう言うと溌剌とした様子で歩き始めた。


「あれだな。ウィンディは……カッケェな!」


 ウィンディは硬直した。今の今までカッコいいを意識していなかった。カッコつけようとしている時よりも無意識にカッコいいことをやった方が褒められた時に嬉しい物だ。ウィンディは頬が綻ばせながらくるりとマインズの方に振り向いた。


「ありがとう、嬉しいよ!」


 初対面の少女から笑みを投げかけられてマインズは少し硬直した。


「う、うん……」

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