突入
数日後氷の中の発電所までは目と鼻の先と言えるほどにまでなっていた。まるでショーケースに発電所が入っているかのように間近に見えた。
プロジェクトを仕切るキールの一声でルーキー達はツルハシを振るのを止める。
「……みんなおつかれ様だ!いよいよ氷に埋まった発電所を掘り出すところまで来た!これは諸君らの懸命な作業による!さぁ、ラストスパートだ!」
キールは人差し指で勢いよく氷の中の発電所を指差す。それに呼応し雄叫びをあげるもの、氷に向かい合い深呼吸するもの、いろいろだ。ルーキー達は再びツルハシを握り直し氷の壁を削り始めた。一方でウィンディはノマルと目線を合わせた。
「……ノマル……発電所、もうすぐだよ」
ウィンディは氷の壁一枚隔てた向こうにある発電所を見上げた。鉄の壁と思しき壁が2人を圧倒せんばかりに立ちはだかっている。奥行きもかなりあり、2人が全速力でかけても数十秒かかるであろう長さだ。氷鉱夫達はその奥行き分を削り取り、残すは発電所の周囲の氷。
ここ何日もアパートで暮らし、朝起きては1時間もしないうちにツルハシを振るっていた。その頃にはすでに汗だくだ。冷たい外気にさらされながら汗をかくというのはそれほど運動量が多いことを意味している。そんな重労働を暗くなるまで続けてきたのだ。ラストスパートまでくれば歓喜に溢れるのは想像に難くない。
「ここまでくればもうあとは根気しかありません。いきましょう」
ノマルの一声でウィンディはツルハシを氷に向かって振り下ろした。だんだんと音も変わってくる。氷片が飛び散る度に発電所のグレーの外壁に近づいてきていた。ウィンディ達が担当していたのは発電所の入り口近くの氷。つまりは彼女らのスピードがそのまま発電所を使うことができるまでのスピードということになる。
3時間ほど振るっているとほとんど氷はなくなっていた。氷の中から何日もかけて削り出された発電所のフォルムにウィンディは圧倒された。氷の中に埋まって見えづらかったもの全てが彼女にとって初見であった。ウィンディに発電の知識はないが彼女の心は発電所の立派に佇む相貌に支配されていた。
「わぁ……でっかい!カッコいいよ!」
感極まってぴょんぴょんと飛び跳ねるウィンディの隣でノマルはグレーの発電所を見上げていた。
「……これが社会の発展に繋がるんですか……」
「それはまだわからんな」
それぞれの感想で圧倒されているウィンディとノマルの真後ろに現れたのは長髪をまとめた男だ。
「キールさん……それはどういうことですか?」
「……まず中を調査して使える状態なのかを確認せねば。そしてそのあとはツララタワーの役人達に引き継ぐが……燃料の問題や割ける人員の数など課題は山積している」
「……では社会の前進とは言えないのですか?」
ノマルは少し声を落として言った。自分から声色を暗く、落とすつもりはなかったのだが流石にここまで頑張った結果何も前進していない、というのは少し残念だ。しかしそれはキッパリとキールに否定された。
「そんなことはない、発展でなくても前進だ。希望はある。仮に発電所として使えなくても倉庫とかにすればいいからな。知っているだろう?今使える面積に限りがあるんだ」
いくら氷鉱夫が氷を削ったところで人の営みの広がる速度には追いつけない。そのために商店街や住宅が足りなくなることは社会問題となっている。
問題は降り積もった雪のように山積みであるが今回の発電所採掘プロジェクトは前進は前進に違いないものだ。
キールはどこからか台を取り出してきてそれに登ると皆に呼びかけた。
「これより、このプロジェクトもう一つの仕事!発電所で手分けしてマップを見つけてもらう!中の把握が優先事項!だから中の調査とマップ探しを並行で行う!何か質問は?」
誰一人手をあげるものはいなかった。全員これからやってくるラストスパートに向けて目に力を宿らせていた。そんな力強い目がルーキーの端から端までにあることにキールは安心したようににこりと笑う。
「よし!では俺を先頭に発電所に突入する。そこから手分けして中でマップの捜索に当たってくれ!中に何があるかわからん、くれぐれも用心してくれ」
キールはそう言うとルーキー達に背を向け、勇敢にもズカズカと遠慮なしに入っていく姿にルーキー達は一瞬反応が遅れた。しかしピンク色の髪の少女は目を爛々とさせて彼に続く。
「ほら行こう、ノマル!」
ノマルは自嘲気味に笑った。いつも尻込みしてしまう自分を引っ張ってくれるウィンディに感謝の念が尽きない。そしてノマルは口を真一文字に結ぶと顔を手で引っ叩いた。
「ええ?痛そう……」
「平気ですよ。さぁ……行きますか!」
ノマルに続いて続々と入ってくるルーキ達。彼らの目の前に広がるのは夥しいほどの数の通路。そして通路の途中には部屋がいくつも点々としている。そして何より廊下のあちこちに氷が張っている。廊下はスケートリンクを切り取って持ってきたかのような光景だった。また壁には氷塊がへばりついていた。さながらダンジョンと言った様子にキールは息を呑んだ。
「……こいつは骨が折れる。俺は右に行く!用心しながら探索にあたれ!」
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