カッコいいの形②

 50年前突如社会を覆った氷の壁に対する見解は枚挙にいとまがない。その要因には氷の中に閉じ込められた資源があった。以前の社会をそのまま氷が覆ったのなら資源が掘り出しやすい高さに、位置に都合よくあるのはおかしい。つまり氷の壁は人為的なものではないのか。そんな見解だ。その証拠の一つとして社会を覆った氷は通常の2倍の硬度を誇る。つまり特殊なのだ。

 しかし今この瞬間にアイシクル地区で作業するルーキー達に関係があるのは硬度の話のみだ。


「いったぁ……」


 がしゃんとツルハシの落ちる音がする。1人のルーキーがあまりの硬さに腕が痺れてしまったのだ。彼は手を見つめて確かめるように握ったり開いたりする。

 そんな彼の後ろにひょこっとピンク色の頭の少女が現れた。少女はツルハシと少年の様子から状況を分析する。


「腕が痺れた?」


 一人一人作業を進める中、会話が少ないため少年は目を丸くする。わざわざ彼を心配してこの少女は自分の持ち場からやってきたのだ。他の氷鉱夫は一心不乱にツルハシを振り続けていて彼に気づく様子は微塵もなかった。


「う、うん……氷が硬くって」


「それならね、こう……腰から行くといいよ、腕だけで行くと腕が痛くなっちゃうからね」


「……ありがとう……あの……君名前は?」


「私はウィンディ!コウク採掘氷場の氷鉱夫!カッコいいを求める氷鉱夫!」


 ウィンディは不可思議なポーズを見せてからにこりと笑った。少年が呆然としているのを見てウィンディは少し固まる。そして逃げるように去っていった。残された少年は感謝と当惑の混じった胸の内が表情に染み出していた。


 遡ること1日前。ウィンディはノマルはアドバイスをもらった後、自室で自分の憧れのきっかけとなった漫画を読み返していた。ページを捲る手が止まらないほどに面白く、幻想的で、自由だった。しかしふとある1ページで手が止まる。

 主人公が助けた人に名前を言わずに去っていくシーンだった。

 ウィンディは人のために動くと決めたはいいものの、それはカッコいい行動の具体案でしかない。ウィンディは本心から自分が人助けしたいと思っているのか自信がなかった。だから確認のように、残すように、いつでも答え合わせできるように自分の名前をいうことを決めていた。


 ウィンディが持ち場に戻ると、隣で作業するノマルがツルハシを振るう手を止めた。


「カッコいいを実践してきたんですか?」


「うん!ノマルも何かあったらいうんだよ?」


 ウィンディは自らの胸をどんと叩いて鼻ふふんと鳴らす。その様子にノマルはにこやかに返す。


「はは、頼もしいです。……でしたら一つお願いいいですか?」


「うん?なに?」


 ノマルはツルハシを構えた。そして腰の位置を下げ、肩幅に足を開いた。そして弾かれたようにツルハシを振るう。風を鳴らしたそのツルハシは目の前の氷を氷片に変えて弾き飛ばす。その姿はさながら氷鉱夫が板に付いてきたルーキーどころではなくプロフェッショナルだ。腰を落として体全体でツルハシを打つ、可能であればツルハシを腕の一部のように扱うことが最高とされている。ノマルの一連の動作は最高に近かった。上等の一振りを終えてノマルはくるりと向きをウィンディの方に変える。


「……僕が困ってたら助けていただいてもいいですか?」


「もちろんだよ!」


「それとあと一つ」


 ノマルはピシリと人差し指を立ててウィンディを静止するように突き出した。ウィンディはその勢いに少しのけぞる。まるで子を諭す親のような光景だ。


「君が困ってたら僕に助けられてくれますか?」


 ノマルは心配していた。自分がウィンディを今の状況に置いたことを。ウィンディは今「カッコいい」の具体的な内容を人を助けることとしている。そしてそれは多少なりとも自己犠牲が伴うことをノマルは知っていた。ノマルがそれを押し付けたわけではないとしても、彼はウィンディが人助けに夢中になって自分の足元が疎かになってしまうことを。だからノマルは語気を強めて言った。ウィンディが助けられることを許容してくれるようにと。

 ウィンディはそう言われてすぐには言葉を返すことができず、口をモゴモゴさせた。心配してくれているのはわかっている。しかし自分が助けてもらうことを前提とするのは何か違う気がするのだ。


「も、もちろん……でも私が助けてもらうつもりで……それは迷惑じゃないかな……」


「いいんです。僕は理想像を目標とする君を同志だと思っています。同時にライバルであると。そんな君が人助けに夢中になって自分を犠牲にするのを……許容できない」


 ある意味でノマルはウィンディを特別にしたかった。

 ノマルはたまに笑われる。「何がキュートな氷鉱夫だ」と。彼は毛頭折れる気はないが心にくるものがあるのは事実だ。しかしそんな彼の目の前に現れた少女は「カッコよく」なりたいと胸を張って言っていた。ウィンディの強さに彼は惹かれていた。だからこそ注意をするのだ。


「わかってくれますか。ウィンディさん?」


「……わかった。助けられる人は助ける……頼るときは頼る。私……そうやってカッコいい氷鉱夫になるよ」





 

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