カッコいいの形

 ウィンディはベッドに横たわっていた。乱雑に上着を脱ぎ捨て、ツルハシさえも立てかけもせず床に転がっていた。自己嫌悪で胸がちくちくと痛むウィンディは無気力感に苛まれていた。活躍できず、カッコよくいられない自分が嫌で嫌でたまらなかった。ベットにはポツポツとしずくの垂れたような跡が残っていた。

 ウィンディが暗い部屋の中でうずくまってしばらくした頃部屋のドアが何者かによって叩かれる音を聞いた。コンコンとならされるドアに向かっていくのがウィンディは嫌だった。こんな落ち込んでカッコ悪い姿を見られたくなかったのだ。「帰って」そう呟くもドアの向こうには聞こえるわけがない。ドアは無情に淡々とならされ続けている。

 ウィンディは重い足取りでドアに向かった。しかし開ける気は毛頭なかった。

 

「誰ですか?」


 ウィンディは消え入りそうな声で、しかしギリギリドアの向こうには聞こえる声量でそう言った。


「ノマルです。ウィンディさん、ちょっとお話いいですか?」


 聞き覚えのあるノマルの声に少しだけ安堵する。年上のキールや他の氷鉱夫よりは気が楽だった。ウィンディは何を彼が言いたいのか大まかにはわかっていた。励まされるのだろう、そうわかっていた。カッコよくはないかもしれないがウィンディはそれに応じた。ノマルの声を聞くと縋りたくなってしまったのだ。出会って1週間ほどしかたっていないはずだが、ノマルといると少し心が安らぐ。それこそキュートな氷鉱夫を目指す彼の成せる技であった。


「……ウィンディさん。今日の自分はカッコよくなかった……そう考えたんでしょう?それでその体たらくなのでしょう」


「……だいたいそんな感じ。でもそんな単純じゃないよ……」


 ウィンディは自嘲気味に語る。そして続けてぽつりぽつりと話し出す。不思議と言葉が詰まることはなかった。ノマル相手には何故か話しやすい。


「……私ね?カッコいいを目指すようになったのは漫画がきっかけなの」


「まんが……?」


 ノマルにとって知りこそすれど馴染みのない言葉だった。氷に世界が覆われたとなれば必要最低限の資源と生活を強いられる。娯楽は少なくなるのは当然だった。


「そう……たまたま氷の中から出てきた漫画なんだけどね?主人公は……自由に飛び回って、人助けして……戦って……衝撃だった」


 氷の社会はある意味閉塞的な社会の極みである。外界と隔絶された国がいくつもある。ウィンディ達が暮らす国もその一つに過ぎない。そしてその一つの国の少女は閉塞感極まる場所で見つけてしまったのだ。架空の主人公を。何より自由で、強く、カッコいい彼を。いつしか少女は憧れを持ってしまった。叶わぬ恋のように架空の主人公に憧れを持ってしまった。満たされないカッコよさを求めるようになってしまった。閉塞感がある社会でそう言った少年少女は一定数存在した。氷の前に己の無力を知り、架空のものに、自由なものに理想を求めてしまうのだ。

 ノマルは彼女の話を聞いてなんとなく予想する。ドアの向こうの少女が衝撃を受け、自由を、カッコいいを目指して色々挑戦してきたことを。


「……それで……闇雲に走ってきた。馬鹿だよね……漫画に憧れ持って……カッコいいを目指して……」


「……君に必要なのは満たされないカッコよさを自嘲することじゃないはずです……理想を叶える覚悟だ」


「覚悟?」


「僕の理想は……キュートで入りやすい氷鉱夫界隈です。だから僕もキュートな氷鉱夫を目指す。……変でしょうが……具体的なプランもあります……ウィンディさん、あなたの理想を笑う資格は誰にもない、あなたでさえも。必要なのは具体性……何をもってカッコいいとするのかです」


 ウィンディはドアの向こうでハッとした。自分は闇雲にカッコいいを目指していたが具体性のかけらもなかったのだ。それを気付かされた。


「……カッコよさに具体性を持たせなければ……カッコいいこと全部を網羅することなんてできやしない。失敗にいちいち今日みたいに落ち込まなければいけなくなる……だってできるわけがないでしょう!僕らは無敵じゃない!網羅なんてできやしない!でも前に進むためには具体性のあるかっこよさが必要なんだ!!」


 ウィンディは視界がクリアになった気がした。それだけではなく、心もどこかクリアになった。さっきまでの荒んだ気持ちはそこにはもうなかった。

 具体性。その言葉が胸に足りなかったパズルのピースのようにカチリとハマった。カッコいいを慌てて無闇に掴もうとしていたから失敗したのだ。なんの作戦も具体案も目的もなく。それは失敗するのは当たり前だった。

 ウィンディは口をモゴモゴさせてから少し間を置いて口を開いた。初めての抱負、それ聞かせるのがノマルはになるとは、出会って1週間の少年になるとは思っても見なかった。


「……ふふ……ありがとう……ノマル。私……人を助けられるようになりたい、それが私の具体性」


「……カッコいいじゃないですか、それ」


 ノマルもウィンディも互いの顔をドアに隔絶されて視認はできない。しかしお互いにわかっていた。笑顔だと。




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