壁
勝鬨をあげるルーキー達を前にキールはツルハシを掲げて見せる。しかしそんな盛り上がりとかけ離れた面持ちのウィンディはゆっくりその場から離れていった。
「ウィンディさん、どこにいくんです」
「ん?ちょっと……部屋に戻るの」
掠れた声だった。感情を押し込めようとしても押し込みきれないような。ノマルは彼女のもとに歩み寄り、ゆっくりと肩に手を置いた。どこにも行かせない、そんな意思をこめていた。
ノマルは彼女の気持ちが透けて見えるような気分だった。
「なんでもないって……ノマル……平気だよ」
そう言うウィンディの言葉には全くといっていいほど気迫がこもっていなかった。虚な言葉ではノマルは手を離してくれない。キュートで入りやすい氷鉱夫界隈を目指すノマルが手の届く範囲で悲しみにくれる少女をそのままにするわけがなかった。
「……失敗なんて誰にでもありますよ。そこから這い上がれば……カッコいいじゃないですか」
「違う……」
ウィンディ初めてそこで振り向き、ノマルに顔を見せた。その目尻は少し赤みを帯びていた。戦闘が終わってから何回も擦っていたであろうことがわかった。しかしなおもこぼれ落ちる雫は止まることを知らなかった。手をグーにして握り、震える声でウィンディは口を開いた。
「私……もういくね。おつかれ」
それが今ウィンディに言うことのできる言葉の限界だった。これ以上続けてはいけない。さらなる恥ずかしい姿を晒すことになる。カッコよくない。そう考えた彼女はノマルの手を払ってアパートの自室に向けて走り出した。
「ウィンディさん!」
走り去るウィンディ。ノマルは追いかけることができなかった。15歳の少年にとってまだ出会って日も浅い少女にこれ以上踏み込むことができなかった。ただ手を伸ばし、彼女の背中に向けて空をかくのみだった。しばらく呆然としているノマルに何者かが肩に手を置いた。
「どうしたんだ」
勝鬨もほどほどになり、ルーキー達が戦闘の疲れを癒すべくアパートに戻ろうとしている群集に紛れてノマル近づくキール。ノマルは先の戦闘で活躍することができたのでキールは称賛を送ろうと声をかけたのだ。しかし振り向いたノマルの顔色は決していいとは言えなかった。
「……ウィンディ……さんが……」
彼は頬を痙攣させて今にも決壊しそうな様子だった。キールは只事ではないと感じ、彼の肩を巻き込むように掴んでアパートの影に連れていった。ノマルはその間されるがままで何も言わなかった。
アパートの陰に着くとノマルは壁に寄りかかって崩れるように座り込んだ。
「さて、何があったのか聞こう!」
キールの快活な態度さえ、今のノマルにとっては憂鬱だった。自分の同士が落ち込んで話も聞いてくれないような状態になってしまったのだ。カッコイイ氷鉱夫を目指すウィンディとキュートな氷鉱夫を理想とするノマル、志のベクトルは違えど目標を理想像に置くウィンディをノマルは同士と感じていた。それゆえにウィンディのことは残念この上ないのだ。
しかし話せば気が楽に、解決に、何か前進するかもしれないのは確かだった。
「ウィンディさんはカッコいい氷鉱夫を目指しているんです」
「ほう!いいじゃないか。それで何が問題なんだ?」
「多分……活躍できなかった……カッコよくいられなかった自分にウィンディさんはがっかりしてるんだ……」
呟くような小さな声でノマルは言った。キールは首を傾げる。
「また頑張ればいいだけの話だ」
「そんなようなこと言ったんですが……まともに取り合ってもらえなくて……踏み込んだことも聞けなくて……」
ぽつりぽつりと少しずつ自分の悩みを打ち明ける少年にキールは少し同情を覚えた。たしかに人の悩みにどこまで踏み込んでいいものか、その不安は人付き合いをしていく上で否応なしに付随する。キールの目の前で項垂れる少年はまさにその問題に正面衝突しているのだ。
しばらくの静寂。しかしそんな雰囲気を嫌ったキールはパチンと手を鳴らした。ノマルはびくりと体を震わせた。その音はアパートの音に反響し少しだけ周囲に名残を残す。反響も終わったところでキールは口を開いた。
「俺は自他共に認めるせっかちだ。だからアドバイスできるのはこれだけだ、迷ったら動け!動きながら最善を探せ!少しでも前進するのだ、わかったな?」
「そ、それでもウィンディさんは……また取り合ってくれないかもしれない……」
「おいおい、自分が何か忘れたのか?」
「え?」
「俺たち氷鉱夫は壁を砕く仕事をしている。悩める少女の心の壁ぐらい己のツルハシでやつぶって見せないか」
その言葉に初めてノマルは目線を上げた。キールの顔が目に入る。長髪をまとめたその男の笑顔は屈託がないものだった。見るものの背中を押すような笑顔だ。それと同時に目の前の相手に妥協を許さないようなものでもある。
ノマルは少しの間目を瞑る。自分は同志のために何ができるか、心の壁とウィンディの悩みをツルハシで砕き割るにはどうしたらいいのか。考えが頭の中をぐるぐると駆け巡る。そしてしばらく経つとノマルは立ち上がった。
「……ありがとうございます、キールさん。僕……ちょっとウィンディさんのところに行ってきます……おせっかいかもですけどね?」
困ったように笑う少年にキールは心いっぱいのエールを込めて背中を叩いた。行ってこい、の言葉の代わりに。
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