スピード

 アイシクル地区は国内の辺境に位置している。特徴として氷の張っている面積が多く、スケートリンクの上に町が作られているような見た目だ。どの家屋や店の屋根にはツララが張っている。そして大きな特徴がもう一つ、採掘氷場がほとんどないのだ。理由は資源や電化製品がほぼ氷の中に埋まっていないからである。

 しかし近頃発電所が見つかったとあり、氷の壁に近辺に氷鉱夫の仮住まいとしてアパートが建てられた。そこに入る氷鉱夫は新人が9割以上を占める。


「着いたよ!ここがアイシクル地区!プロジェクト進行区域!!」


 ピンク色の髪を風に揺らしてアパートの前に立つ少女、ウィンディはツルハシを持ってアパートを見上げていた。今日からしばらく彼女が暮らし、泊まりがけで発電所採掘をする場所だ。


「歩くの早いですね」


 ウィンディの後ろからかけられた声の出どころは彼女と同じ時期に氷鉱夫となったルーキーのノマルだ。彼はツルハシを携え同じようにアパートを見上げる。

 プロジェクトのための急拵えといえどもその出立ちは立派であった。白い壁にヒビも汚れも見当たらない。アイシクル地区にふく強い風にもびくともしない頑強さも持ち合わせている。今日から暮らすには申し分ない、そんなことを考えたウィンディはふと気づく。大勢の人の気配だ。


「……来たよ」


「他の新人の方ですね。仲間であり……ライバルでもありますね」


 まばらにやってくる氷鉱夫たちに対してノマルはいつもの冷静な態度のうちに熱いものをたぎらせていた。氷鉱夫で上を目指す以上、同年代というのはどうあがいてもライバルになりうる。しかしそれだけでなく仲間にもなる。そんな不思議なバランスで成立している氷鉱夫の同年代を2人は見据えた。大柄、小柄、男、女、鋭い目つき、柔らかい目つき、様々だ。しかし彼らもウィンディとノマルと同じように密かに、もしくは大々的に目的を持っているはずだ。

 

「……ライバル兼仲間!くぅー!もう響きがカッコいいね!挨拶してくる!」


 ウィンディが彼らに向かって走り出そうとしたその時、何やら遠くの方から音が聞こえてくる。何か連続で地団駄を踏んでいるような音だ。


「な、なんだ?」


 するとアパートの方に向かってくる氷鉱夫のルーキー達をかき分けてひとりの男が猛スピードでこちらに向かって突っ込んでくるのが見える。猪突猛進のその勢いは止まることを知らず、2人を追い越して、アパートの先にある頑丈で巨大な氷の壁に向かっていった。直後氷の壁に男が勢いを保存するようにそのままツルハシを振り抜いた。

 氷の壁に砲弾が撃ち込まれたような音が響く。遠く離れたウィンディ達の方、アパートの方まで氷片が降り注いだ。男が突っ込んだ氷の壁の一部には大穴が空いていた。それはもう数人が暮らせるほどの大穴だった。

 男は氷片の散らばるその穴を前にしてツルハシを肩に担いで叫んだ。ウィンディとノマルはその男に見覚えがあった。


「レディースアンドジェントルメン!俺はS級会議から派遣されたキールという!今日から氷の壁より発電所を掘り出すプロジェクトのリーダーを務めることになった!よろしく頼む」


 レディもジェントルマンもその場にいたものは皆息を呑んだ。ただ圧倒的という他ないキールという氷鉱夫の実力を目にしたのだから。

 猛スピードで突っ込んだにも関わらずそのスピードの中でツルハシを正確に、一番威力がある状態で振り抜く技術と単純にその速度に驚かされた。

 

「さて諸君!君らはすでに遅れをとっている。プロジェクトの始まりは今日からだ。ガイダンスなぞ必要なかろう。いつもの作業と一緒だ。目の前の氷の中の発電所を掘り出し、人に貢献しようじゃないか!」


 全員が口をポカンと開いていた。嵐のように現れた長髪をまとめた男は嵐の如く氷を削り始めた。プロの意識とも取れる彼の一連の行動、すぐさま行動すぐさま仕事というものは経験の少ないルーキーには見慣れないものだった。見慣れないのだから当然彼のようにスピード感のある行動をできるとは限らない。  

 しかし真似して行動することはできる。ウィンディは横顔に笑いを浮かべて駆け出した。


「いいじゃない……すぐさま行動……カッコいいよ……セカンドストライク!」


 ウィンディはツルハシを構えて鉱技を発動した。ばちっという何かが弾かれるような音を立ててウィンディの体はその場から消える。次に現れたのは氷を削るキールの真横だ。キールは真横に瞬間移動して現れ、氷に一撃加えた少女を見てやっと行動を止めた。


「うん、いいじゃないか、スピード感は大事だ。少女!君は?」


「コウク採掘氷場、氷鉱夫ウィンディです!」


 そういう間にもウィンディは氷をガリガリと削っていた。飛び散る氷片を浴びる彼女は笑顔だった。


「ははは、ドクリの後輩にしてはやる気に満ち溢れてるな」


 ウィンディは2、3回氷にツルハシを打ち付けてくるりと振り返った。そしてまだこちらを見つめているノマルの方を向いて手を振る。


「ノマル!スピード感だってば!」


 ノマルは自分に少し嫌気がさした。ライバルだ、仲間だ、なんだと言って自分が油断をして到着早々だからと行動についていけなかった。ノマルはポツリとつぶやいた。


「さすがだ、ウィンディさん……キュートじゃないか」


 ノマルもツルハシを構えて走り出した。それに続いて他の氷鉱夫のルーキー達もツルハシを担いで氷の壁を削り始める。


  



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