忙しい

「教えてよ!」


ドクリに衝突せんばかりに駆け寄って彼の顔を見上げた。キラキラとした目で見つめられドクリは思わずのけぞった。


「わ、わかってるよ」


 再びドクリはウィンディから銀色のツルハシを取り上げ、片手でクルクルと回した。そしてピタッと止めるとツルハシを氷に軽く打ちつけた。ウィンディが思い切り打ちつけた時ほどの衝撃が響き渡る。


「ま、こんなふうに単純に威力があるってのが一つ。そしてこのパイオニアっつーツルハシのすげぇところはな。技を自分で作れるところだ」


「自分で?」


「そう、お前がこれからやってく上で必要な時に必要な技をこのツルハシは身につけてくれる。数に限りがあるかは知らん、自分で調べろ」


 そういうとウィンディにドクリはツルハシを返す。そして疲れた、と言い残して再びベンチに向かってドカッと体を椅子に預けた。しばらくすると寒さの中で眠るドクリの寝息がいびきが聞こえてきた。

 しかしウィンディは自分がもらったツルハシに夢中だった。まずフォルムがウィンディの感性を打ち抜いた。銀色の洗練されたフォルムは見るものを釘付けにする。彼女の目指すカッコいい氷鉱夫にふさわしいツルハシだった。

 そして先ほどドクリから聞いたこのパイオニアというツルハシの機能もウィンディの好奇心をくすぐった。


「自分で技をつくっていくのか……くぅー!カッコいい!!」


 ウィンディはその場でぴょんぴょんと飛び回った。そんなことも梅雨知らず、ドクリは寝息を立てている。

 ものは試しということでウィンディは氷の前にツルハシを構えて立った。彼女は自信とワクワクに満ちていた。カッコいい氷鉱夫になる、と言う目標上、氷を削る姿もカッコ良くなければならない。そう考えた彼女は就職して以来ずっとどうすればスマートに氷を削れるか考えていた。それがエスカレートしていって作業時に技名を叫ぶようになったのだ。

 そして今、自分の技を作ることのできるツルハシを手に入れた。嬉しいと言う言葉では言い尽くせないほど喜びに満ちていた。

ウィンディはツルハシをその場で振ってみる。抵抗を感じないほどに軽い。しかし氷に打ち付けてみると水飛沫のように氷片が飛び散った。


「いいね、いいツルハシだよ!」


 ウィンディは寝ているドクリに言ってみるが彼は唸り声なような音しか上げてくれない。ウィンディは少しほおを膨らませて再び氷壁に向かい合った。

 いつもよりサクサクと氷を削ることができるため夢中になって何時間も経過していた。ウィンディが気づくと氷のトンネルのような中にいた。まっすぐ削りすぎて氷の道ができていたのだ。


「おい、ウィンディ。ツルハシはどうだ?」


 やっとのことで起きたドクリはトンネルの入り口の方からウィンディに呼びかける。その瞬間までウィンディはツルハシを振るっていた。声に反応してくるりと振り返る。


「すごいツルハシだよ!」


「そうか、よかったな。あと……言い忘れてたんだが……」


 ドクリは口をモゴモゴさせている。ウィンディは首を傾げた。


「今日この後この国の氷鉱夫全員集まれって」


「集まる?どこによ」


「ツララタワー」


 ウィンディはツルハシを落とした。カランと高い音が響き渡る。それほどまでにその情報が彼女の頭に驚愕を起こしたのだ。ツララタワーは国のど真ん中に立つ白いタワーで氷の世界に似つかわしくない近代的な出立ちをしている。そして中は暖房が効いていると言う素晴らしい環境だ。しかし問題はその立地だ。ツララタワーは国も真ん中、そして今ウィンディとドクリがいるコウク採掘氷場は国の辺境に位置している。歩いて2時間はかかる。


「今から行かなきゃ間に合わないじゃん!なんでもっと早く言ってくれなかったのドクリさん!」


「そりゃ、忘れてたからだ。あと寝てたし」


 開き直るドクリを1発引っ叩いてもいいんじゃないかなとウィンディは思ったが考え直す。一応上司だ。 

 ウィンディはツルハシを拾い上げ大切にケースにしまって背中に背負うとドクリと共にコウク採掘氷場を出る。ドクリは時計をチラリとみると言う。


「集合は後1時間後だ」


「一般的に2時間はかかるのに⁈」


 車は時たま氷の中から発見されるが道路が整備されていないのでまだ使うことができない。そのため氷の社会において移動手段がほとんど徒歩である。2人は徒歩の中でもの最速手段であるダッシュでツララタワーに向かう。

 ウィンディはさっきまでずっとツルハシを振っていたので腕が筋肉痛気味になっていた。


「……体が痛い……!」


「そりゃ今日色々あったからな、ごめんな」


 ドクリとウィンディが走ってツララタワーに着く頃には多くの氷鉱夫が集まっていた。筋骨隆々の彼らの間に割り込むようにツララタワーに近づくとツララタワーについている時計が見えた。ギリギリ間に合っていた。


「あぶなぁ……」





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