ツルハシ
戦闘の後、ウィンディは控え室のベンチで寝息を立てていた。いきなり戦闘になったうえにタイマンを貼るなんて疲労が蓄積するに決まっていた。ウィンディが目を覚ますと難しい顔をしているドクリが視界に入った。自分が横向きになっているから難しい顔になっているように見えるのかもしれないと思い、起き上がる。するとやっぱり難しい顔をしている。
「えーと……ドクリさん?」
「ん、なんだ」
「怒ってる?」
ドクリはため息をついて頭をわしゃわしゃとかいた。そして立ち上がり、ついてこい、と手でサインをする。ウィンディは首を傾げた。いつもダラダラしているドクリが自分からウィンディに関わってこようとするのは珍しいのだ。ウィンディは重い体をベンチから持ち上げた。少しふらつくが問題はない。彼女はドクリに続いて控え室を出た。
「ドクリさん、どうしたの?」
「……自分でこの採掘氷場にスカウトしといてなんだが、正直ウィンディがあそこまでやれるやつとは思ってなかった」
ウィンディはそれを聞くと少し胸を張って鼻をふふんと鳴らす。にやけてしまうのを止められないウィンディを見てドクリは口をモゴモゴさせてから次の言葉を続けた。
「……お前を認めねばならんな。渡すものがあるんだ」
ドクリは歩きながらそう言うと物置へ入っていった。埃の溜まった物置に入っていくのはウィンディは少しためらったが好奇心が勝って彼の後にまた続く。中は埃っぽく、段ボールが所狭しと敷き詰められていた。
ドクリはそのうち一つを開いた。ばふっと音を立てて埃が舞い、ドクリが少し咳き込んだ。埃が舞い終わり、視界がクリアに戻るとドクリは銀色のツルハシを一本手に持っていった。装飾はなく、シンプルで柄の中央部分が少しカーブを描いてへこんでいる。刃は先が少し丸っこく鋭そうとはお世辞にも言えなかった。
「このツルハシはパイオニアっていう名前がついてる」
「パイオニア?」
「そう。お前が戦闘をこれからちゃんとやってくなら鉱技が付いたツルハシを渡すべきだと思ってな」
ウィンディの頭の中にはハテナが浮かんでいた。ドクリの一言に色々な要素が詰まっていて処理しきれなかった。
「せ、戦闘をちゃんとやるって?」
「敵意のある守護者と本格的に戦っていくならってこと」
「じゃあ、鉱技って?」
これこそがウィンディのハテナの9割を占めていたものだった。この三文字の意味が全くわからなかった。ドクリは少し首を傾げて考えるような様子を見せる。そしてポンと手を叩いて何かを思いついたような顔に変わる。
「見せた方が早い。めんどいけど鉱技ってもんを見せてやる」
ドクリは足早に物置から出る。そしてウィンディに銀色のツルハシを手渡した。
氷の壁の前に移動するとドクリは自分のツルハシを手にして肩をぐるぐる回していた。ウィンディの頭には再びハテナが生まれた。今日の採掘作業も戦闘も終わったので氷の壁の前でやることはもう残ってないはずだった。
「ねぇ、なんで氷の前に来たの?」
「まぁ聞け。鉱技っつーのはツルハシに付属してる力を引き出すことだ。それがどんな形なのかはツルハシによって変わる」
ウィンディを氷の壁から引き離し、ドクリはツルハシを氷の壁に向かって構えた。
「……疲れてんだけどな……まぁいい、行くぜ」
ドクリのツルハシが震え始めた。ウィンディの耳まで鈍い音が響いてきた。彼女は目の前で何が起きているのか分からず、少し後退する。ドクリはニヤリと笑みをうかべ、ツルハシを後ろへ振りかぶり、ダンと足を地面に振り下ろし足を踏ん張った。
「はぁぁあっっ!!」
直後彼の雄叫びと共にツルハシが急加速した。ドクリ自身の腕の力と相まって目にも止まらない速度でツルハシは氷に激突した。飛び散る氷塊にウィンディは思わずその場から飛びのいた。ドクリの方を見ると驚くべき光景が目に入った。彼の目の前にあったはずの氷の壁がまるまる10メートルほど見当たらないのだ。代わりに見えるのは氷片の山であった。
「こ、これが鉱技!?」
ドクリはツルハシを腰にくくりつけ、ふぅー、とため息を細く、長く吐いた。腰に手を当て、ウィンディの方へ振り返る。
「そう、必殺技みたいだろ?」
そう聞かれたウィンディは少し震えていた。それを見たドクリが言う。
「どうした、怖いか?」
「ち、ちがう……カッコいい!!」
ウィンディは目をキラキラさせて氷片の山に駆け寄った。大量のガラスの破片のような氷片の山は確かにそこにあり、夢ではなかった。次にドクリのツルハシに目線を移す。
「すごい!すごいよ、ドクリさん!」
「……お前はそう言うやつだったな、カッコいいならなんでもいいのか?」
「べ、別にそう言うわけじゃないよ」
ウィンディは首を振ると聞きたかったことに話題を移す。
「私も鉱技が使えるの?」
ドクリはニヤリと笑った。そしてウィンディからツルハシを取り上げると片手で弄ぶように取り扱う。
「使えるさ、お前のツルハシに鉱技、教えてやる」
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