カッコいい

 ハードハードルが吼える。その咆哮は衝撃波を生み出し、砂埃を撒き散らした。思わずウィンディは目を瞑る。そしてドクリのツルハシを掴む手を緩めてしまった。


「おい……お前」


「ふぇっ」


 カキンという甲高い乾いた音を立ててドクリのツルハシはハードハードルによって蹴り飛ばされてしまう。綺麗な孤を描いてコウク採掘氷場の領地を超えて遥か遠くへと飛んでいった。一瞬の静寂。その後ドクリが呟いた。


「おっとぉ?こいつはめんどくせぇ」


 氷鉱夫2人に対してツルハシ一本、確実にこちらの戦力不足であった。ツルハシを持っていなければ攻撃も防御もできないのだ。資源の少ない氷の社会において剣など作っている余裕はない。だから戦闘も作業も氷鉱夫はツルハシで行うのだ。そのとても大切なツルハシは遥か彼方へと蹴り飛ばされてしまった。


 2人に残された選択肢は二つだった。急いでドクリのツルハシをウィンディが取りに行くか、ドクリ自身が取りに行くかだった。

 しかしそんなことも考えさせないというようにハードハードルは体当たりを仕掛けて来る。戦車のような突進を2人は二手に分かれてかわす。突進のコースを見てみると地面が抉れていた。その威力は類い稀を見るものであった。


「おい、ウィンディ!俺のツルハシとってこい!」


 ドクリのいうことは理にかなっていた。しかしウィンディは受け入れられなかった。


「嫌だ、そんなのかっこよくない!私の失敗は……私が責任取る!!!!!」


 ウィンディはドクリに駆け寄ると自身のツルハシを取り返した。ドクリは一瞬ポカンとした後にワナワナと震えて怒鳴った。


「何をやってる!お前が勝てるかよ!まだ戦闘2回目だろ!!」  


「ごめんなさい!でも責任ぐらい取れるよ!」


 ウィンディはハードハードルに向かって加速した。ハードハードルも地を蹴り加速をする。両者の距離が目と鼻の先になった時に、ウィンディは腰から動かすように右にスライドした。そして空いた真横にツルハシを打つ。しかしハードハードルはそれを読んでいたようでジャンプでかわしてしまう。


「空中なら避けられないでしょ!」


 ウィンディは体を回転させ、全体重をかけて着地スレスレのハードハードルにツルハシを振り抜いた。轟音と共にハードハードルの体制が崩れる。しかしまだ気絶させるには至っていなかった。そこから両者は睨み合い、しばらく膠着状態が続く。


「ほら、ドクリさん。私やれてるでしょ!かっこいいでしょ!」


「そういう問題じゃ……」


「じゃあどういう問題?私もう子供じゃないから!責任くらい自分で取る!……」


 ウィンディの理想の氷鉱夫像は「カッコいい」その一言に尽きる。しおらしくしなさいなんて古い価値観は嫌いだった。というよりもただ、カッコよくありたかった。それが今は自分でミスの責任を取るということだ。


 ウィンディは自ら体力回復の期であるこう着状態を破った。連続でで切り裂くようにツルハシを振りまくった。しかしハードハードルの鱗は硬く、易々と破れるようなものではない。ハードハードルも黙って受けているだけではいない。

 ハードハードルは再び咆哮を放つ。衝撃波が口から発せられ、ウィンディが吹き飛ばされる。ドクリがいち早く動いて彼女を受け止めた。


「だから無茶するな!」


「無茶なんかしてないよ、でもありがとう!!」


 ウィンディはツルハシを構えた。ハードハードルも、ウィンディも先頭によって疲弊していた。両者は肩で息をして、汗が滴っていた。それでもウィンディは吠えた。


「よく聞け!私はウィンディ!!コウク採掘氷場氷鉱夫!カッコいい氷鉱夫になるものだ!……私の伝説を始めるよ!」


 ウィンディは地を蹴る。ツルハシをハードハードルに真正面から打ち付ける。脳筋を体現したような攻撃だった。完膚なきまでにガードされたはずだった。しかしウィンディは笑っていた。ハードハードルもそれを見て怪しんで少しがよりをとった。それに追随してウィンディは距離を取らせない。そして追撃。

 ウィンディは先を読んでいた。自分の先行で相手の行動を制限してそれに続く行動を先読みする、土壇場で考え出したウィンディの戦法だ。ハードハードルの攻撃と防御は後手に回っていた。

 ドクリは目を見開いた。目の前の少女が、戦闘を始めて2回目の少女がハードハードルと互角にやり合っているのだ。


「行くよハードハードル!スーパースペシャルストリームアタック!!!!!」


 ウィンディはガードを崩して空いたところにツルハシを打ちつけた。どんと杭を打つような音を立てた直後、ハードハードルは膝を折った。それと同時にウィンディもその場に倒れ込む。

 ハードハードルと共に倒れ込んだウィンディにすぐさまドクリが駆け寄った。


「平気か?!ったく無茶しやがって!」


「……ドクリさん……ツルハシ……すみません」


「ああ?そんなことはいい、お前が……なんでもねぇ」


 ドクリはウィンディを担ぎ上げて控室まで運ぼうとする。そんな時ウィンディが彼の耳のそばでつぶやいた。


「ドクリさん」


「なんだ?」


「カッコよかったですか?私」


 ドクリはため息をついた。呆れて笑うしかなかった。


「……間違いなく……カッコよかったよ……」








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