⑤ 『勝負』

 二人で積もる話もあるだろうと、メルエーナとジェノは席を外そうとしたのだが、ルーシアは、「私もそろそろ宿に帰るわ」と言い出した。


「ええっ! うちに泊まっていってくれないの?」

 バルネアが不服そうに頬を膨らませる。


「これ以上馴れ合うつもりはないわよ! 私はあんたのライバルよ。今回、この街に来たのだって、あんたと勝負をするためなんだから」

「えっ? 勝負?」

 バルネアは首を傾げて不思議そうな顔をする。


「最初に言ったでしょう! どうしてあんたはそう料理以外のことだと抜けまくっているのよ!」

「ひどいわ。昔に比べたら、私もしっかりしたんだから。財布を家の中でなくすのも、月に一回くらいに減ったのよ!」

「自慢にならんわ! というか、未だに財布をなくす癖が治ってないのか、あんたは!」

 そんな仲のいいやり取りに、メルエーナは困ったように笑う。


「二週間はこの街に滞在する予定だけど、なるべく早くに勝負の日取りを決めなさいよ。長年この時を待っていたんだから、逃げることは許さないわよ!」

 ルーシアが凄みをきかせた声で告げる。だが、


「ええっ! 二週間もこの街に居られるの!」


 ルーシアの説明に、バルネアは歓喜の声を上げる。


「ええ、そうよ。この街にもうちの支店を作ってみないかって話があってね。料理長である私が自ら視察に来たのよ。まぁ、たまにはうちの店の連中にも、心の休息は必要だしね。

 いまごろ、つかの間の幸せな時間を楽しんでいるはずよ」

 ルーシアはそう言って笑う。


「<銀の旋律>の支店? すごいわね。伝統を重んじるあのお店が、支店を作るなんて」

「何でもかんでも、昔のままにしておけばいいというわけではないのよ。私が料理長になってからは、血統が必要なんて馬鹿げた決まりも撤廃してやったわ」

「それはいいことだと思うけど、反対の意見が多かったんじゃあないの?」

 バルネアの問に、ルーシアは人差し指を立ててそれを横に振る。


「そんなもの、実力でねじ伏せてやったわよ。私が密かに仕込んでいた、血統なんてない弟子達を使ってね」

 悪い笑みを浮かべるルーシアに、バルネアも苦笑する。だが、不意に、何かを思いついたように、ポンと手を叩く。


「そうだわ、ルーシア。料理勝負は受けてもいいけれど、舞台を作るのは私に任せてもらってもいいかしら?」

「んっ? 舞台?」

 怪訝な顔をするルーシアに、バルネアは満面の笑みを浮かべる。


「あっ……」

 その話を聞きながら、メルエーナはバルネアの企みを理解した。


「ええ、舞台よ。私と貴女の久しぶりの料理対決。どうせだったら、多くの人に見てもらって、審査員に判断してもらったほうがいいんじゃあないかしら?」

「へぇ~。いいの? もしも衆目に晒されて負けでもしたら、この店の売上が下がるわよ」

「そうね。もしも負けてしまったら、支店の話も立ち消えになってしまうかもしれないわよね」

 ルーシアの挑発に、バルネアも笑顔で返す。


 一触即発な雰囲気に、メルエーナは少し怖くなり、そっとジェノの背中に隠れる。


「いいわ。その見え透いた挑発に乗ってやろうじゃあないの。ただ、<銀の旋律>の名にかけて、私は絶対に勝つわよ」

「ふふふっ。私も負けないわよ。小さくても、この<パニヨン>の名前にかけてね」

「あんたのところの、ふざけた名前と一緒にするんじゃあないわよ!」

「ううっ、いいじゃあないの。<パニヨン>って響きは、素敵よ」


 二人は言い合いを始めたので、メルエーナはジェノに、この店の名前の由来を知っているか尋ねてみたが、彼も知らないとの答えだった。


「それと、勝負の課題は、魚介類をメインにしたものでどうかしら?」

 バルネアがそう提案すると、ルーシアの顔から表情が消えた。


「どういうつもり? 私が魚介類の扱いが得意なのは知っているはずでしょう? それなのにあえてそれを指定してくるなんて、私を舐めているのかしら?」

「まさか。貴女の腕を知っているからこそ、あえてこの課題で勝負したいのよ。それと、これは、もう一つのお願いを聞いてもらいたいからでもあるしね」

 バルネアはそう言うと、ジェノとメルエーナを見てニッコリ微笑んだ。


「ねぇ、ルーシア。私は、この勝負、メルちゃんに手伝いをお願いしたいと思っているわ。そして、貴女には、ジェノちゃんを手伝いに使ってほしいの」

 突飛な提案に、メルエーナは驚いたが、バルネアは構わず話を続ける。


「安心して。ジェノちゃんは決して貴女の料理の邪魔をしたりはしないわ。そうよね、ジェノちゃん」

 いきなりの事に慌てるメルエーナとは異なり、ジェノは動じた様子もなく、「はい」と応える。


「この街は私のホームグラウンド。それを考えたら、この街の食材の良い仕入先を知っている案内人が居なくては、貴女が不利になるわ。

 それと、私も貴方も、教え子を持つ身でしょう? 上手く人を使うことができるかどうかというのも、優劣をつける上での必要な要素じゃあないかしら?」

 バルネアのそんな申し出に、ルーシアは少しの間考えていたが、やがて笑みを浮かべた。


「……ジェノ。貴方には私の料理の給仕をお願いするつもりだけれど、私の足を引っ張らないと約束できるかしら?」

「はい。全力で取り組ませて頂きます」

 ジェノの言葉に、ルーシアは満足そうに微笑む。


「絶対にありえないことだけど、もしもジェノちゃんが貴女の調理や給仕の邪魔をしたら、私の負けでいいわ。だから、お願いね」

「ふっ、あんたが何を企んでいるのかは分からないけれど、いいわ、その条件で受けてやるわよ」

 ルーシアが快諾したため、バルネアはニッコリと微笑む。


 もう、話が決まってしまった。今更覆せる雰囲気ではない。

 だが、未熟な自分がそんな大舞台に参加し、しかもジェノと敵対する事態となってしまったメルエーナは、ただただ戸惑うしかできなかった。

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