第26話「さつきびけのほうかい」
「わたしたちが……決める」
花恋は呆然としながら呟いた。
はかせからきいた話が頭のなかで回り続けていて、それを理解する間もなく選択を突きつけられたのだ。頭がパンクしそうだった。
はかせは自分たちの両親を殺した。そして、その処遇を自分たちに任せるという。
そんなこと……
「そんなこと、できるわけない……っ!」
月乃が目に涙を溜めて叫ぶ。花恋も、同じ気持ちだった。
はかせが両親を殺したのは理解した。それを、赦すべきではないということも。
だけど、はかせと過ごした日々は大切な宝物なのだ。遊んだり、勉強したり、美味しいものを食べたり……はかせと過ごした日々は、姉妹の全てだった。
それを壊すなんて……できない。
「……たしかに、きみたちに押し付けるのは酷かもしれないね」
ふたりの様子を見て、はかせは言う。
「きみたちからしてみれば、ただ巻き込まれただけ……それなのにいきなり選択しろと言われても、無理な話だ」
「はかせ……」
「すまなかったね。いくら自分の今後に無関心だとしても、幕は自分で降ろさなくちゃ」
はかせは椅子から立ち上がる。いつの間にか、煙草は灰になっていた。
「……ふたりには言っていないけれど、僕は皐月日夫妻のほかにもうひとり、圭介くんを殺している」
「……!」
「嘘……」
ふたりの目が驚きに見開かれる。はかせは頷き、話を続けた。
「彼は真実に気付きそうだったからね。僕としては、幕は花恋と月乃に降ろしてもらいたかったし、殺すしかなかったんだ」
平然と、そんなことを言うはかせ。
その言葉をきいて、花恋は床に崩れ落ちた。
そして、理解した。
―─自分の宝物は、もう壊れてしまっていたのだ。
だけど、どうするべきか……花恋にはまだ分からなかった。
「……わたしには」
そのとき、月乃が口を開いた。
「わたしには、はかせを殺せない。たしかにはかせはお父さんとお母さん、そして圭介くんを殺した……だけど、それでもわたしははかせを殺せない」
「……」
「……警察に行こう。行って、罪を償おうよ……それじゃ、ダメなの?」
はかせは一瞬だけ驚いたような顔をした。しかし、すぐにその目に冷たいひかりが戻る。
「……身勝手な理由で3人も殺したんだ。行き着くさきは死刑さ。ふたりがそれでもいいなら、僕は構わないけれど」
月乃の表情が曇る。
どうしようもないのだという諦観が月乃を支配し、彼女は魂が抜けたようにへたりこんだ。
だめだ……。
どうすればいいのか、分からない。
はかせだけが死んで、それでいいわけがない。
だけど、罪を償わないでこのままにしておくわけにもいかない。
……わたしは、どうすればいいのだろう。
「……なら、こうするしかないよね」
そのとき、花恋が呟き、ふらふらと立ち上がった。その顔には一切の表情がない。元気で、感情豊かな花恋が……無感情にこちらを見ている。
「はかせは3人を殺した。だけどそのなかでも、圭介くんについてはわたしたちにも責任があるのかもしれない」
圭介が真実に気付きそうだったから、はかせは彼を殺した。
……自分たちと仲良くならなければ、圭介は生きていたかもしれないのだ。
「わたしたちが過ごしてきた日々は偽物で、壊れちゃったけれど……それでもわたしは、はかせに全てを押し付けることなんてできないよ」
壊れてしまった日常の煌めき。
その欠片がまだ胸に残っているからこそ、花恋はすべてをはかせに押し付けることができなかった。
「だから、さ。こうしようよ」
そう言った花恋の提案をきいて、はかせと月乃は愕然とした。
「……花恋」
「本当に、それでいいの……!?」
「わたしはそれでいいよ。わたしにできるのは、これしかないから」
花恋はひかりを失った瞳をこちらに向ける。
それを見て、ふたりは悟った。
花恋は、本当にやろうとしているのだ。
「……僕は、ふたりがいいならそれでいいよ」
しばらくの沈黙のあと、はかせが呟いた。
残るは月乃だけ。彼女はありありと絶望を顔に出していたが……その心中は、花恋の提案を呑む方に傾いていた。
たしかに、花恋の言う通りかもしれない。
仮にはかせにすべてを押し付けたとして、その後悔は自分にのしかかることになる。
なら、いっそのこと、ここで……
「……分かった」
長い沈黙のあと、月乃は呟いた。
「わたしも、ふたりと一緒に行くよ」
花恋は黙って頷く。はかせも、無表情で頷いた。
月乃は窓の外を見る。
外は真っ暗で、月も星もない。辺りは静かで、世界に自分たちが取り残されたかのような錯覚を覚える。
窓から見えるその光景は、自分たちの行く末を暗示しているかのようだった。
* * *
30分後。
リビングに敷かれたカーペットが、赤く染まった。
カーペットを汚したものの出処は、3つの人影だった。横倒しになっており、動かない人影の横には……刃物の、銀色の煌めきが。
……さきほどまできこえていた話し声は、もうきこえない。
酷く、静かだった。
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