第25話「しんじつ」
記憶を封じ込める薬は、偶然発見されたシロモノだった。見つけたのは僕で、別の新薬に関する実験を行っているときに偶然が重なり、生まれたものだった。
その研究に、共同研究者として関わっていたのがきみたちの両親──皐月日夫妻だ。僕の実家はそこそこ裕福な家で、新薬開発のスポンサーになっていたんだけど、その一環として、優秀な研究者を派遣してくれた。それが彼らというわけだ。
そんなわけで、僕は皐月日夫妻と仕事をすることになった。ふたりは本当に優秀な研究者だったよ。彼らがいなければ、いまでも新薬は完成していなかっただろう。……僕らがしていたのはそのくらい難しいことだったんだ。ある意味、彼らの才能に救われたともいえる。
だからこそ、偶然あの薬を作り出したときは嬉しかった。彼らにできないことを、僕が成した……それが、誇らしかったんだ。
……だけど、実際には僕はなにも成していなかった。
レポートを読んだなら分かると思うけれど、あの薬は欠陥だらけの、使えないものだった。だけど改良すれば実用化する事も可能だったし、僕は実用化に向けて実験を重ねた──重ねようとしたんだ。
だけど、皐月日夫妻はそれに異議を唱えた。確かに実用化すれば役立つかもしれないが、それ以上に危険な薬になる可能性がある。悪用されたら大変だし、人体に投与できるようなものじゃない……って言ってね。
普段は「持てる者の義務を果たせ」なんて言っているのに……とにかく、それが原因で僕は彼らと対立することになった。
結論から言うと、彼らが正しかったんだ。あの薬にはとんでもない副作用があった。常用した結果死に至るような、悪魔のような副作用が……ね。
それでも僕は実用化を目指した。せっかく手に入れた成果を、無に帰したくなかったんだ。
ふたりはそんな僕を止めようとして、その結果……
僕はこの家で、彼らを殺した。
煩くて、邪魔だったから。
この家には僕しかいないし、周りにもひとはいない。だから、都合が良かった。
だけど、そこで誤算が生じた。きみたちの存在だよ。
一緒に殺してしまえばよかったんだろうけれど、僕にはできなかった。ひとをふたり殺しておいて幼子を殺すのを躊躇うなんて、どうかしていると思うけれどね。
そこで、僕はきみたちに薬を飲ませることにした。自分を止めようとしていたひとの子供に薬を飲ませて、ふたり無事なら僕の勝ち―─そう、思ったんだ。
薬はまだ実用化されていないものだったけれど、実験では副作用のリスクはほとんど抑えられていた。だから、大丈夫だろうと思った。
その結果が、いまのきみたちというわけさ。
共同生活は楽しかったよ。一切の情報を遮断してずっとこのままでいることもできた。
だけど、そうするつもりはなかった。僕は彼らに勝ちさえすればそれでよかったんだ。あとのことがどうなろうと構わない。自分のしたことがいいこととは思っていないし、断罪されて当たり前だとも思う。
だからさ……あとはきみたちが決めてくれ。
こんな話を急にきかされて、理解が追いついていないのは分かるけれど、これはすべて事実だ。
僕を殺してもいい。仮に見逃してくれるならそれでもいい。
花恋、月乃。
きみたちにこんなことを頼むのは申し訳ないし、すべては僕の責任だ。
だけど、あとはきみたちに任せるよ。
いまのこの生活を壊すか、ひび割れたままにしておくか……
……きみたちが、決めるんだ。
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