第24話「はじまり」

 その日の夜に、はかせは帰ってきた。


「ただいまー」


 呑気にドアを開け、室内に入るはかせ。しかし、いつもなら明るく迎え入れてくれるはずの花恋と月乃が今日に限っては無口だったので驚いた。


「どうしたんだい?」


 はかせはおかしいなと思いながらきいた。花恋は肩を震わせたまま無言だったが、月乃ははかせの方を見ると、はっきりした口調で言った。


「はかせ、話がある」

「うん? なんだい改まって」

「間違っていたら、間違いだって言ってほしい。わたしたちも信じられないことで、はかせに失礼かもしれないけれど……でも、きかないといけないことだから」


 月乃の目は真剣だった。それを見てはかせも姿勢を改め、月乃の質問に備える。


「……単刀直入にきく。はかせは、お父さんとお母さんを……殺したの?」


 月乃の質問に、はかせの肩が僅かに震える。しかしすぐに平静を取り戻し、月乃にきいた。


「……なんで、そう思ったんだい? 一般的に見てかなり失礼な質問だと思うけど」

「……はかせは」


 そのとき、花恋が口を開いた。その表情はいつもと比べて暗く、重々しい雰囲気を纏っている。


「……はかせは、わたしたちに記憶を封じ込める薬を飲ませていたんだよね? その薬で封じ込められてた記憶が……夢として出てきたんだよ」


 花恋ははかせに夢のことやレポートを見たことを説明した。はかせはそれを黙ってきいていたが、話が終わるとガリガリと頭を掻き、苦笑と共に口を開く。


「そっか、バレちゃったか……圭介くんが、きっかけになるとは……」

「……じゃあ、やっぱり」

「きみたちの言う通りだ。僕が、きみたちの両親……大知だいち晴空そらを殺した」


 予想していたことだ。

 だが、本人の口からきくと、なんだか現実味のない話のように思えた。

 無理もない。今まで一緒に暮らしてきたひとが人殺しだったなんて……すぐに信じられるわけがない。

 しかも、殺されたのは姉妹の両親であり、殺したと言っているのはあの優しいはかせだ―─そんな悪夢のような話、信じたくなかった。


「……本当に、はかせがやったの?」


 花恋が呟く。その声は潤んだもので、目に涙が溜まっていた。


「ああ。ふたりを殺したのも、きみたちに薬を飲ませて監禁したのも……すべて、事実だよ」

「………!」


 花恋がよろめく。月乃がその躰を支えながら、「……どうして」と震えた声できいた。


「どうして、か……分かった。全部教えてあげよう」


 はかせは椅子に座り、煙草を取り出すと「吸ってもいいかい?」ときいた。


「はかせ、タバコ吸ってたの……?」

「ああ。ふたりがいいなら吸いたいな……そのほうが、落ち着いて話せる」


 本当は嫌だったが、いまは煙草の煙が有害だとか、そういう話をしている場合ではない。煙草を吸うことではかせが落ち着いて話せるのなら、それでいい。


「大丈夫だよ」

「……わたしも」

「ありがとう」


 はかせは微笑むと、煙草に火を付けて一口吸う。それから俯き、長いため息をついた。

 顔を上げたとき、はかせの眼は冷たい光を帯びていた。纏う雰囲気も柔らかいものから剣のような鋭いものに変化している。

 彼は花恋と月乃を見ると、ゆっくりとした口調で話し始めた。


「……僕がふたりを殺したのは、記憶を封じ込める薬を有効活用するためだ」

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