第23話「りょうしん」

 また、夢を見た。

 以前と同じ夢だ。幼いころの自分が、誰かに抱かれている夢。

 だが、今回の夢は以前とは違った。そのひとの顔がハッキリと見え、言葉をきくことができたのだ。

 自分を抱いているのは女のひとだった。長い髪に穏やかなひかりを宿した目。なんとなく、雰囲気が月乃に似ている。

 そのひとは微笑み、優しく言った。


「花恋ちゃん、大好きだよ」


 温もりが躰を包み込む。頭を撫でる手は柔らかく、自分はうっとりと目を閉じた。シャンプーの香りだろうか、髪からは甘い香りがした。

 懐かしい感覚が込み上げてくる。

 ああ、そうだ。このひとは―─


「おかーさん!」


 自分が呼ぶと、そのひとは嬉しそうに目を細め、微笑んだ。

 それと同時にその姿がぼんやりとしていき、同時に自分の意識もぼやけていく。

 そして―─


   *   *   *


 また夢を見た。

 自分は以前と同じように、逞しい腕に抱かれている。そこまでは同じだが、以前は分からなかったそのひとの顔がハッキリと見え、発する言葉をきくことができた。

 そのひとは男のひとだった。短い髪に、少年のようなひかりを宿した目。なんとなく、雰囲気が花恋に似ていた。

 そのひとはニコリと笑い、穏やかな声で言った。


「月乃、生まれてきてくれてありがとう」


 自分は嬉しくて、笑った。いつもとは違う、満面の笑みだ。

 同時に、そのひとが誰なのかを理解した。

 どうして、いままで忘れていたのだろう……。


「……お父さん」


 自分が呼ぶと、そのひとは「思い出したんだな」と笑い、頭を撫でてくれた。

 やがて、その姿がぼんやりしていく。同時に自分の意識もぼやけていった。

 そして──


   *   *   *


 それから、ふたりは同じ光景を見た。

 目のまえに、両親が倒れている。ふたりは身を寄せ合いながら、両親の躰から流れる赤い液体を呆然と見ていた。

 母親は既に事切れており、父親の躰にはナイフが刺さっている。そのナイフを、誰かが引き抜いた。

 血飛沫が舞い散り、その人が着ていた白衣に付着する。ナイフを引き抜いた人影は、父親が事切れたことを確認してからこちらを向いた。

 人影はナイフを持ったままこちらに歩み寄る。震えることしかできない自分たちを眺めてから、おもむろにナイフを振り上げる。

 一瞬の後には、それが躰に突き刺さっている筈だった。

 しかし人影はそこで手を止め、思いついたように白衣のポケットからなにかを取り出した。

 それは錠剤だった。血の色に似た、真っ赤な錠剤。人影は呆然としている自分たちにそれを飲ませる。

 その瞬間、脳が熱くなり、それから冷たくなった。

 そのあとに急激な眠気が押し寄せ、なすすべなく床に崩れ落ちる。

 自分たちの意識はそこで途切れ……記憶は封じ込められた。


   *   *   *


 がばり、と起き上がる。

 先程まで見ていた夢が、脳内に焼き付いていた。

 混乱する意識の中、ひとつの事実に思い当たった。


「まさか……」

「はかせが……」


 別々の部屋のなかで、同じことを考える。

 あの夢が、薬によって封じ込められた記憶だったとしたら……


 ─―自分たちの両親は、はかせに殺された。

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