第22話「きおく」
「……月乃ちゃんも、あの夢を見たの?」
翌朝、はかせが仕事に出たあとに起き出してきたふたりは、やや遅めの朝食を食べていた。ちなみにはかせはトーストを自分で作って食べたらしい。いくら料理音痴といえども、そのくらいはできるのだ。
朝食の席で花恋が話したのは、昨日見た夢のことだ。懐かしくて、愛おしくて、切なくて……そのすべてがもう戻らないと知った、酷い悪夢。
花恋はなにげない話題作りで話しただけだったが、月乃も同じような夢を見ていたことを知ると驚いた。
「共通する夢かぁ……」
「……なんだか、不気味」
月乃が呟く。花恋も少し不安そうに頷いた。
朝食を食べ終えて身支度や家事を済ませると、勉強をする。少しまえまでは圭介が遊びに来ていたため、なるべく早く勉強を終わらせていたのだが、彼はある日を境に来なくなってしまった。はかせの話では、都会に帰ったとのことだったが……いきなりいなくなってしまったので寂しかった。
勉強を終えた頃には昼食の時間になっていたので、ふたりで協力して簡単な昼食を作り食べる。そのときは他愛もないことを話したが、ふたりの中には朝食時の話題が不安要素として残っていた。
「そういえば……」
ふたりで食後のお茶を飲んでいるとき、花恋が思い出したように言った。
「わたしたちが1ヶ月に1回飲んでいる薬って、どういう薬なんだろう?」
「……成長補助剤じゃないの?」
「いやまあそうなんだけど、よく調べたことないなぁと思って」
「……そういえばそうだね。調べてみる?」
「うん」
花恋は2階からタブレット端末を持ってきて、月乃が覚えていた薬の名前を調べてみる。すると製薬会社が公開しているレポートに辿り着いた。
そこに書かれていたのは─―
「記憶を封じ込める薬……」
「……嘘」
ふたりは絶句した。
* * *
記憶を封じ込める薬。
この薬は脳の記憶を司る部位──海馬に作用し、特定の記憶を封じ込めることができる。
封じ込める記憶は薬を飲む前後2時間の記憶で、封じ込めることができる記憶はひとつだけ……つまり最初に飲んだときの記憶しか封じ込めることができない。効果は1ヶ月で薄れていくが、効果がなくなるまえに薬を飲めば効果が上書きされ、その限りではない……というトンデモ薬だった。そもそもこの薬自体が偶然の産物だったようで、難点が多すぎるために実用化はされていないようだ。
薬を投与した人間は、新しい刺激が少ない「繰り返し」のなかで過ごすことを推奨されている。外部からの大きな刺激があると効果が薄れてしまうらしい。
花恋と月乃が置かれている環境―─外に出られず、繰り返しの日常を過ごすしかないという環境は、まさにこの「繰り返し」のなかだった。封じ込めた記憶がなんなのかは判然としないが、ふたりが見た夢の内容がそれに当たるのではと姉妹は考えた。
なぜふたりがあの夢を見たのかということについては、外部からの大きな刺激によって薬の効果が薄れたとしかいいようがない。
「外部からの大きな刺激……まさか」
レポートを読んでいた花恋が思い付いたように声を上げる。
「圭介くんのこと?」
「……それしかないかも」
月乃も同意した。
繰り返しの日常を変化させた、圭介という来訪者──彼との出会いによって、薬の効果が薄れたのだろう。
「まさか、わたしたちがそんなものを飲んでいたなんて……」
「……信じられないけど、事実は事実」
花恋は頭を抱えた。
知ってはいけない事を知ってしまった……そんな感覚だ。
「……はかせにきいてみよう」
突然、月乃が言った。
「あの薬ははかせが持っていたもの。だからはかせにきけば、なにか分かるかも」
「そう……だよね」
はかせなら、なにかを知っているかもしれない。
ふたりははかせの帰りを待つことに決めた。
だが……その夜、はかせは帰ってこなかった。
ふたりは夜遅くまで粘ったが、眠気に負け、日付が変わったころには寝てしまった。
そして―─また、夢を見ることになる。
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