第20話「けいすけ」

「……あなたが、あの電話を」


 圭介は呆然として呟いた。

 目のまえにいる男が、得体の知れない怪物に変化したような、そんな感覚を覚える。

 自然と恐怖が湧き上がる。 だが、それを超えてもうひとつの感情が噴出した。


「……なんで」

「ん?」

「なんで、あのふたりに薬を飲ませる必要があったんですか!」


 圭介は叫ぶ。


「薬を飲ませて、外に出さないようにして……あなたは、なにをしようとしているんですか!?」


 少しまえまでは、病気の治療かなにかのために薬を服用させているのだろうと思っていた。

 だが、違う。

 コイツは、別の目的があって薬を飲ませている。


「ふたりの両親は行方不明だと、ネットで知りました。……そして花恋と月乃も、世間では行方不明になっている。あなたは保護者なんですよね? なら、なんでふたりを自由にしてあげないんですか」


 圭介は怒りを内に収めつつ、静かな声できく。

 男は「ふむ……」と考えたあと、口を開いた。


「……折角だ、すべて教えてあげよう。僕がなぜ花恋と月乃を引き取り、ふたりに薬を飲ませているのかをね」


 男は微笑む。その笑みは酷く場違いなものだった。

 そして、


   *   *   *


 すべてをきいた圭介は呆然としていた。

 男は笑みを崩さずに「理解してもらえたかな?」と圭介の顔を見る。


「…………のか」

「ん?」

「……そんなことのために、ふたりを閉じ込めているのか!」

「そんなこと、か。きみにとってはその程度の事でも、僕にとっては重要なことなのさ」


 男は言う。それから溜息をついて、まえを向いた。


「……降りてもいいよ」

「……え?」

「ここで降りて、あとは君の自由にすればいい。どのみちなにもできないだろうけどね」

「……」


 圭介は男の背中を睨みつけていたが、やがてシートベルトを外し、ドアに手を掛ける。


「……ああ、そうだ圭介くん、ひとつききたいことがあったんだ」

「……なんだよ」

「究極の犯罪がどういうものなのか知っているかい」

「は?」


 いきなりのことに圭介は男の方を見る。彼はまえを向いたまま、圭介の返答を待っている。


「……知らねぇよ。そんなこと」


 考える間もなく、そう答えた。

 そんななぞなぞに付き合っている暇はない。


「……あそう。ごめんね、もう行っていいよ」


 圭介はドアを開け、車から降りる。

 それから一目散に家の方向に向かって駆け出した。

 今きいたことを、警察に話さなければ……。


 背後で、車のエンジン音がする。

 徐々にその音が近付いているように感じられた。

 圭介は走りながら後ろを向く。

 目のまえには車。

 かなり近い。

 運転席には、無表情でこちらを見る男の顔。


「あ」


 車が迫る。

 避けようとしても間に合わない。


 次の瞬間、圭介の躰は跳ね飛ばされた。

 声すらあげられない。

 地面に叩きつけられ、そのままゴロゴロと転がる。

 耐えがたい激痛のあと、気が遠くなる。

 躰が動かない。

 思考が絡まる。

 声も出せない。

 やがて、瞼が重くなる。

 

 最後に、再びこちらに向かってくる車を視界に捉えて……それっきり、圭介はなにもわからなくなってしまった。


   *   *   *


「……ごめんね」


 自分が轢いた少年の死体を見ながら、はかせは呟く。

 どのみち、こうするしかなかったのだ。花恋や月乃と関わらなければ、彼もこうはならなかったのに。

 とにかく、これで邪魔者は消した。

 用は済んだ。


 さて……この死体をどうしようか。

 トランクにスコップがあったから、それを使ってどうにかしよう。

 はかせは車から降り、ぐちゃぐちゃになった死体を見る。

 ふと思いついて、死体に話しかけた。


「……究極の犯罪っていうのはね、事件が発覚しない犯罪のことを言うんだ」


 例えば、人通りがない森のなか。

 そこで少年が殺されて死体が隠されても、誰も気付かないのと同じことだ。


「さて、やるかな……」


 はかせは車のトランクからスコップを取り出し、圭介の死体に近付く。

 時計を見ると、ちょうどお昼の時間だ。

 お腹は空いたが、これが終わらないと帰れない。

 早くお昼食べたいなぁ……そんなことを思いながら、はかせは作業を始めるのだった。

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