第18話「ばれんたいん」

 いつものように森の奥に行くと、花恋と月乃が待っていた。


「悪い、遅くなった」

「ううん、大丈夫!」


 花恋はにこにこしている。サプライズを仕掛けるのが余程楽しみなようだ。最も、事前にバラした時点でサプライズではないのだが、それは黙っていた方がいいだろう。

 ふたりは圭介を家のなかに招いた。いつもと変わらない、3人で暮らすにしては大きすぎる家だ。

 ふたりはリビングに圭介を案内し、そこで待っているように言って、リビングの奥にあるキッチンに入っていった。

 圭介は椅子に座り、きょろきょろと周りを見回してみる。当然のことながら、薬は見当たらない。

 ふたりは両親が行方不明で、自分たちも世間に認知されない存在となっている。しかし、外から圭介が来たときも普通に迎え入れてくれた。

 記憶を封じ込める薬。

 失踪したことになっている少女たち。

 携帯端末に掛かってきた、謎の脅迫電話。

 分からないことが多過ぎて、圭介は混乱した。


 しばらくして、ふたりが戻ってくる。それぞれの手にはチョコレートケーキが載った皿とクッキーが載せられた皿があった。


「これは……」


 驚く圭介に、ふたりは笑顔で言った。


『ハッピーバレンタイン!』


 ふたりは皿をテーブルに置き、椅子に座る。


「これ、ふたりが作ったのか?」

「うん! びっくりさせようと思って内緒にしていたの!」

「……昨日、花恋ちゃんとこっそり作った」


 今日がバレンタインデーだということを知っていたふたりは、昨日こっそりチョコレートケーキとクッキーを作っていた。毎年はかせにも渡しているし、そのついでだ。ちなみにはかせにはチョコレートとマドレーヌを作ってある。


「オレが食べていいのか?」

「もちろん! そのために作ったんだもん」


 花恋に言われ、圭介はチョコレートケーキを食べてみる。濃厚なチョコの風味が口に広がった。


「うまい!」

「ほんと!? やったぁ!」


 花恋は幼い子供のように喜んだ。

 次いで、月乃がクッキーの皿を差し出す。


「……食べて」


 いつもの無表情だが、なんらかのリアクションを求めているように感じられた。

 圭介はクッキーを1枚食べる。甘く、サクサクとした食感のクッキーだった。


「うん、美味しい!」

「……嬉しい」


 月乃は表情を綻ばせた。


「そういえば、ふたりは食べないのか?」


 クッキーはかなりの数があり、チョコレートケーキもひとりで食べるには大き過ぎる。圭介がきくと、ふたりは「いいの?」と目を丸くした。


「ああ。みんなで食べた方が楽しいからな」


 圭介が言うと、ふたりは顔を見合せて、


「じゃあ……」

「……食べる」


 ふたりはナイフでケーキを切り分けると、キッチンからフォークを持ってきてチョコレートケーキを食べた。

 

「!」

「……」


 ふたりとも目を見開き、ケーキを呑み込んでからクッキーに手を伸ばし、1枚食べる。

 そして……


『……おいしい!』


 ぱあっと、花が咲くような笑顔を浮かべた。


   *   *   *


 その後、あっという間に食べ終わった三人はゲームをしたり、他愛もない話をしたりといつも通りに過ごした。

 その途中、圭介が時計を見るとちょうどお昼くらい。そろそろ帰ろうと思って圭介が立ち上がったとき、車の音がきこえてきた。


「……あ」


 月乃が声を上げる。すぐに窓際に駆け寄り、驚いた表情を浮かべて花恋を見る。


「どうしたんだ?」


 圭介がきくと、花恋が月乃と同じ表情を浮かべながら答えた。


「……はかせが帰ってきた」

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