第17話「けつだん」

 結局、一睡もできなかった。

 翌朝、圭介が食卓に姿を現すと、家族が驚いた顔で「どうしたの!?」ときいた。

 鏡で自分の顔を見てみると、隈ができていた。一睡もしていないのだから当然といえば当然である。


「なんでもない」


 そう答えて、トーストを齧る。

 友達のことを調べていたら、脅迫されました……なんて、言えるはずがない。

 家族は心配そうだったが、圭介が何も話さないのを見ると、それ以上は詮索してこなかった。

 それをありがたく思いながら、圭介は朝食を食べた。


   *   *   *


(……さて、どうしようか)


 身支度を済ませるとやることがなくなってしまった。

 元々、重石沢には祖母の家を訪ねるという目的でやってきたに過ぎなかった。本来ならいまは学校に行かなければいけないはずなのだが、ここに来るまえに圭介の学校でインフルエンザが流行り、学級閉鎖になったので自由といえば自由だった。

 課題は終わらせてあるし、ゲームも飽きた。いつも通りなら花恋たちに会いに行くのだが……脅迫を受けてから、彼女たちに関わるのはやめようと思っていた。

 友達を見捨てたみたいで嫌な感じがする。だけど、こうしないと自分が危険な目に遭うのだ。それに、自分がこの場所にいるのはあと少しだけ。それが過ぎれば、また都会に戻る。そうすればふたりのことなんて忘れてしまうに違いない。

 意味もなく床に寝転がり、天井を見上げる。

 そこに付いた染みを数えていると、やがて眠気がやってきた。

 圭介はそれに逆らわず、目を閉じた。


   *   *   *


(……くん)


 誰かの声がする。


(……介くん)


 誰だ?

 オレは気持ちよく寝てるんだ、起こさないでくれ。


(……圭介くん)


 その声は……花恋?


(……圭介くん! 遊ぼ!)


 短髪の少女が笑う。

 次いで、その妹である長髪の少女も黙って微笑む。

 行けばいいのか?

 オレは、そっちに……。


(圭介くん!)


 ……分かった、いま行くよ。

 オレは立ち上がり、歩き出す。

 花恋と月乃がこちらに手を差し伸べて、そして……。


   *   *   *


「……」


 目が覚めると、見慣れた天井が視界に映りこんだ。

 上体を起こして近くにあった携帯端末を掴む。時計表示を見てみると、自分が寝てから2時間が経過していた。

 携帯端末にはメッセージが届いていた。花恋からだ。


『今日、バレンタインだけど来れる? 渡したいものがあるんだ』


 圭介が壁にかかっていたカレンダーを見ると、たしかに今日は2月14日。バレンタインデーだった。

 渡したいもの……昨日ふたりはそんなこと言っていなかった。サプライズでもするつもりだったのだろう。

 ……正直に言って、行くのは怖い。

 あの姉妹に関わったら、危険な目に遭うかもしれないからだ。

 だけど……


『オレ、もうふたりの友達だぜ?』


 自分は、ふたりの友達だ。圭介が来なければふたりは悲しむだろう。

 それに、あのふたりが圭介に危害を加えようとしているわけではない。深入りしなければ大丈夫なはずだ。

 こんな形でふたりと別れたくない、だから……


 圭介はしばらく考えて、答えを出した。

 花恋にメッセージを打つ。


『ああ、いまから行く』


 圭介は立ち上がり、玄関に向かう。

 そして靴を履き、なにも言わずに家を出て歩き出した。

 森の奥にいる、友達のもとに向かうために。

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