第16話「たんきゅう」

 圭介が見つけたのは、ある製薬会社のホームページだった。その中にある「製品開発レポート」という項目に目当ての薬が載っていたのだ。

 試しに見てみると、画面に長文が表示された。こんなものを読むなんて、文章を読む機会が少ない圭介からしてみれば一種の拷問に等しい。小説などならまだいいのだが、製品開発の課程が記された文章なので眠くなることが確定した。

 圭介は気乗りせずにその文章を読み始めた。ところどころに難しい漢字が出てくるので、そのたびに辞書機能を使いながら読んだ。


(……なにやってんだ、オレ)


 読みながら、圭介は苦笑した。

 自分が関わったところでどうにもならないのに……。

 だけど、無駄な時間ではない。少なくともあの姉妹を理解するための時間にはなるはずだ。

 そう考えて、圭介は根気強く読み進めた。


   *   *   *


 レポートはとにかく長いものだったので、読み終わるまでに1時間ほど掛かった。

 だが、そこで得た情報は疲れを吹き飛ばすくらい衝撃的なものだった。


(記憶を封じ込める薬……? そんなものを飲んで、どうするつもりなんだ?)


 忘れたいことがあるならば使うこともあるだろうが、そんな薬に頼ってまで忘れたいことなんて、圭介の日常生活ではなかなかない。それこそ、黒歴史を忘れられるとかそのくらいしか思いつかなかった。

 だけど、そんな薬をふたりは飲んでいる。よほど辛いことがあったのだろう。圭介は姉妹に同情した。

 薬のことはだいたい分かったので、レポートを閉じる。ほかに何かないかと思い、製薬会社のホームページを巡回していると―─


「皐月日……って、まさか……!」


 社員紹介のページに、皐月日という姓を持つ男女が載っているのを見つけた。

 皐月日という姓を持つひとなんてめったにいない。このふたりは姉妹の親族だろう。

 どうやらふたりはかなり有名な研究者らしい。試しに彼らの名前で検索を掛けてみた。

 すると、


「……え!?」


 圭介は驚いて声を上げた。

 彼らの名前を検索して真っ先に出てきたのは新聞記事だった。日付は……いまから12年まえ。

 見出しには、「研究者夫妻、謎の失踪」の文字が。

 彼らは、12年まえに失踪していたのだ。

 愕然としながら、圭介は記事を読んだ。それによると、夫妻は突然職場に来なくなり、自宅にもいなかったという。心配した同僚が警察に捜索願を出して捜索が行われたものの、見つけることはできなかった。

 そのうえ、失踪したのは夫妻だけではなかった。夫妻の子供も、行方不明になっている。

 子供は双子の女の子で、名前は花恋と月乃。当時、2歳になった‎ばかりだった。

 

「花恋……月乃……」


 それは、圭介が遊んだ女の子たちの名前だ。

 じゃあ、つまり彼女たちは……


「失踪……していたのか?」


 真実は、自分の予想を遥かに超えていた。

 圭介はしばらく呆然としていたが、やがて自分がやるべきことを思い付き、携帯端末に手を伸ばした。

 警察に連絡しなければ。

 花恋と月乃が生きていることを、伝えなければ……。


 その瞬間、携帯端末が振動した。

 ディスプレイには非通知の文字。おそるおそる出てみると―─。


「知ッテシマッタネ」


 ざらざらした電子音声が、耳に届く。


「キミハナニモシナイホウガイイ。イツモ通りノ生活ヲ送ルンダ」


 ソウシナイト、危険ナ目ニ遭ウヨ―─電子音声はそう告げ、電話は切れた。


 圭介は携帯端末を地面に落とした。

 それに気付かないほど、呆然としていた。

 頭のなかが真っ白になり、なにも考えられない。


 電気が付いて明るい部屋のなかで圭介は目を見開き、ただ立ち尽くすことしかできなかった。

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