第14話「ごかい」
夜になり、花恋と月乃は仲良くお風呂に入っていた。
この家のお風呂はかなり大きい。花恋と月乃のほかにはかせが入ったとしてもまだ少し余りがあるくらいだ。最も、花恋と月乃は小柄なのであまりスペースを取らないということもあるのだが。
風呂場は湯気で満たされている。かなりの量の湯気が立ち上っているが、これでもマシになった方だ。先程まではお互いの顔も見えないくらいの湯気が出ていたが、今はお互いの顔が見える。
花恋は月乃に喋りかけていた。月乃が無口なので誰かが喋らないと会話が成立しないということもあるが、それを除いても今日の花恋はハイテンションだった。
彼女が話すのは圭介のことだ。昨日、ふたりの前に現れた少年で、外の世界からの来訪者。花恋は彼のことを気に入ったらしく、お風呂に入るなり素晴らしいテンションで彼のことを話し始めた。……少しばかり
まあ、花恋の気持ちも分かる。圭介は悪い人間ではないし、自分とも仲良くしてくれている。それに同年代の友達ができたのも初めてのことだし、それが異性となれば尚更だろう。月乃も彼は嫌いではない。
それにしても、これは少し異常な気もする。普段からテンションが高い花恋だが、ここまで煩い……もとい、元気な姿はあまり見たことがない。
もしかして……。
(……花恋ちゃん、圭介くんのこと好きなのかな)
テンション高めで話しかけてくる花恋を他所に、そんなことを考える月乃。ふたりが接したことがある異性といえばはかせくらいだが、彼は保護者であって友達ではない。そういった恋愛小説もよく読むし憧れがないといえば嘘になるが、本当に花恋が彼にそういった気持ちを抱いているのかは分からなかった。
出会って2日しか経ってないし、いきなり好きになるほどお互いのことを知らないのは事実だ。もしかしたら、花恋は友達ができたことでこんなにテンションが上がっているのかもしれない。
とはいえ、気になったことは解決したいので、
「……花恋ちゃん」
「ん? どしたの?」
「……圭介くんのこと、好き?」
「好きだよ?」
月乃は無表情のままずっこけた。顔面がお湯に浸かり、口の中にお湯が入る。自分でもよく無表情を保っていられたなと思った。
体勢を立て直せずに、月乃はそのまま沈んでいく。
「ごぼごぼ……」
「うわぁ! ちょっと月乃ちゃん! どうしたの!?」
花恋が慌てて月乃を引き上げる。
月乃は口のなかに溜まっていたお湯を吐き出して、大きく息をついてから、
「す、好きなの?」
やや上ずった声でそうきいた。
「好きだけど……どうしたの月乃ちゃん。なんか変だよ?」
花恋はきょとんとしながら首を傾げている。
月乃は目を白黒させる。花恋と圭介が……ある意味お似合いだと思うが、出会って2日で恋に落ちるのはどうなのか。いやいや、恋はいつでも突然だとかいうし、そういうものなのかな?
「……ちょっと月乃ちゃん? 本当に大丈夫?」
花恋が顔を近づけてくる。心配そうな表情に、濡れた髪。何故か視線を逸らしてしまう。
「だ、大丈夫だから……花恋ちゃん、さきに躰洗ってもいい?」
月乃は早口でそう言うと、花恋の許可を待たずに浴槽から出た。
少しでも躰を冷やしたかったのだが……風呂場自体が暖かいため、たぶん無理だろう。
月乃は髪を濡らし、シャンプーをつけて洗う。そのあいだにも頭のなかでは花恋と圭介のことがぐるぐると渦巻いていた。
「……? 変な月乃ちゃん」
勿論、そんなことを知らない花恋は妹の奇行に驚いていたのだが、たまにはそんなこともあるかと思い直し、また喋り始めたのだった。
ちなみに。
花恋が言った「好き」は友達として好きという意味であって、恋愛対象として好きというわけではない。
まあ、いずれは花恋が圭介を恋愛対象として見る日が来るかもしれないが……いまの時点では、そんなことは全然ない。
つまり、これは月乃の誤解だった。
そのころ、榎田家では、
「へっくしょん! はっくしょん!」
「圭介! ちゃんと口を手で覆いな!」
「へーい。……誰かに噂でもされたかな?」
圭介が豪快なくしゃみをして、家族に怒られていたそうな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます