第11話「らいほうしゃ」

 重石沢にあるばあちゃんの家に行ったとき、いつも言われていることがあった。

 近くの森の奥には悪い魔女がいるから、入ってはいけないよ──そんな童話めいた警告。

 幼い頃のオレはその話をきくたびに怖がり、絶対に森の奥には行かないと決意した。

 家の近くにある森──その奥になにがあるのかは分からない。大人たちはその話をしようとはしなかったし、森の奥に関する話はタブーとされているらしかったからだ。

 幼い頃は怖がっていたオレだが、成長してからはそこになにがあるのか気になって仕方がなかった。ちょうど反抗期だったし、大人の言うことをきく気にはなれなかった。

 それであるとき、オレは森の奥に何があるのか確かめに行った。大人にバレると怒られるから、こっそりと家を抜け出して森を進んでいった。

 そしてその奥で、オレは見た。


 ふたりの少女が、無邪気に笑いながら遊び回っている姿を──。


   *   *   *


 その日、花恋と月乃は早めに勉強を終わらせて外で遊んでいた。

 もはや恒例となったパチンコ遊びをしたあと、鬼ごっこをしたりかくれんぼをしたりして遊ぶ。ちなみに今日のパチンコ遊びでは、月乃の方が的を多く倒していた。

 庭が広いので遊び場には事欠かない。やることはワンパターン化しているが、それでも飽きることなく遊んでいた。

 かくれんぼをしたあとはボールで遊ぶ。ボールは投げたり蹴ったりと色々な遊び方ができるのでふたりとも大好きだった。

 今日はサッカーのパス練習をしていた。力いっぱい蹴ったボールを足で止め、また力いっぱい蹴り返す―─その繰り返しだ。

 何度かボールを往復させているうちに花恋にボールが渡った。花恋はニヤリと笑うと、勢いをつけてボールを蹴り飛ばす。


「えーい!」

「あ……」


 高く上がったボールを月乃は止められず、ボールは後ろの薮のなかに入ってしまった。

 花恋は「やっちゃった……」と舌を出し、月乃はそれをジト目で見つめる。


「…………」

「わ、分かったよ! 取ってくるよぉ!」


 無言のジト目攻撃が堪えたらしく、花恋はそう叫ぶとボールを取りに行った。


「ええと、たしかここに……あれ?」


 落ちた場所を探したのだが、ボールはなかった。花恋は首を傾げて、「おかしいなぁ。たしかにここに落ちたはず……」と呟く。

 そのとき、ガサガサと薮を掻き分ける音がした。次いで「ん? ボール?」ときき覚えのない声が。

 

「え?」


 花恋は声のした方を見る。すると薮がガサガサと動いて、そこからひとりの少年が這い出してきた。


「や、やっと抜けた……ってあれ?ここどこだ?」


 見た目は花恋たちと同じくらい。柔らかな茶髪に黒い目の少年は手にボールを持っていた。

 彼はキョロキョロと辺りを見回し、その場にいた月乃を見つけて固まる。


「…………」

「…………」


 月乃は相変わらずのジト目で少年を見る。少年はしばらくフリーズしていたが、やがて苦笑いと掠れた声で、


「お、お邪魔しました?」


 なぜか語尾を疑問形にして呟いた。

 と、そこで花恋が薮から出てきた。少年が持っているボールを見ると、「あ、そのボールわたしたちの!」と声を上げた。


「そ、そうなの?」

「うん! 拾ってくれてありがとう!」


 少年は花恋にボールを投げ、それから遠慮がちに尋ねる。


「あの……きみたちは?」

「わたしは皐月日花恋! こっちは妹の月乃ちゃん!」

「……皐月日月乃」


 ふたりが名乗ると、少年は戸惑ったように、「魔女じゃ、ない?」と呟いた。


「魔女?」

「あ、いやこっちの話。それにしても森の奥はこんなことになってたのか……」

「……ってことは、きみは外から来たの?」


 花恋がきくと少年は頷き、それから名乗った。


「オレは榎田えのきだ圭介けいすけ。ばあちゃんの家が近くにあって、そこから来たんだ。その……よろしく」

「うん! よろしく!」


 少年―─榎田圭介の言葉に花恋は笑顔で頷き、月乃もこくりと頷いた。



 これが、皐月日姉妹と圭介の出会いだった。

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